+ Algarve 2 +
「 .. Leave today ? 」
宿の女の子は、運んできてくれた朝食を目の前のテーブルに並べ終えると、唐突にそう聞いてきた。あぁ、今日ここを発つかどうか聞いてるのね‥。
「 No.. not today 」
そう答えると、彼女は軽く微笑んだまま、無言のままお盆を手にそこから立ち去り、少し離れたところにいる母親だかオーナーの女性に、それを伝えている様子だった。それからの数日も、このやりとりが私たちの朝の定番だった。もともとその小さな宿にチェックインした時に「ここを気に入ったら、続けて泊まりたいんです」と云ってあったため、急かすことなく確認しようとしてくれていたようだ。
家族経営なのか、他にその二人以外のスタッフを見かけることもなかった。部屋はシャワーもトイレも共同だが、同じフロアのすぐ脇にあり、古いペンサオンのわりに清潔だった。オフシーズンだったためか閑散としていて、ほかの宿泊客はいないのかも‥と思ったぐらいだが、朝食のために食堂へ行くと、毎朝ほかに2、3組は必ずいたので、別の階だから会わなかっただけのことかもしれない。まぁ日中はほとんど全日ひとりで外をぶらついていたので、会わなくても不思議はない。
Lagos の町は、これまたあっさりしている。旧市街としては城壁に囲まれているようなのだが、マリーナを横目に、駅やターミナルからはほぼ道一本で歩いて来れてしまうため、それすらもあまり気づかないほどだ。大昔から漁業が盛んなほか、大航海時代の繁栄と共に交易の拠点とされ、15世紀にはヨーロッパ最初の奴隷市が開かれたというダークな歴史もある。1755年の大地震後に再建されたというその市場の建物が今も残されているが、その場所でさえ重苦しさはなく、気をつけないと見過ごしてしまいそうだった。
そうしてまた町の散策をあっけなく終えてしまうと、足が向かうのは周りにあるたくさんの海岸だった。のんびり海水浴を楽しめそうな広々とした砂浜とは別に、ゴツゴツとした崖っぷちが続いている場所があり、海沿いにちゃんと散歩道が整備されていて、どこまででも歩いていけそうだった。昼間はまぶしく太陽の光が降り注ぎ、岩間に砕け散る波の勢いと水しぶきに圧倒される。ときどき崖を降りて、金色に輝く複雑な地層にふれたり、小さな浜を歩いてみたりと、ほぼ手付かずの自然をそのまま堪能できた。
たくさん歩いて、ふぁ〜つかれた〜と思う頃に目の前が開け、背の低い草たちの茂る野原が見えてきて、ほどよいタイミングで、そこに一つだけあるレストランでお茶して休むこともできた。たぶん車を使えば、車道からのアクセスの仕方があるのだろうが、きっとその場所は自然のために保護されているのだろう。のんびりと日を浴びながらのウォーキングにぴったりだったし、他にも歩いている人はいたが、それほど多くもなく、皆その自然の中で過ごしている瞬間を純粋に楽しんでいるようだった。夏のバカンス時期には、もっと違う雰囲気が漂ってもいそうだが、とにかく静かに過ごしたい時にそういう人気のなさというのは、オフシーズンの旅の良さでもあった。
それと、知り合いもだあれもいない場所でひとり過ごす中でも、モロッコなどとは違い、話しかけてくる人もまったくいない。アジア人が一人で歩いているな〜的、不躾だったり遠慮がちな目線でさえ、不思議と感じることもなかったし、こちらもポルトガル語がわからないので、積極的に話そうとすることもなく、この数日は、ほんとうにただひとり。とてもひとりだった。自分と向き合うための時間、とあらかじめ設定していたわけでもなく、自然とそうなった感じの‥。
ある夜、夕飯をとるために、崖をくり抜いたかのような場所にあった薄暗いレストランへと入った。メニューを見てみると「 Grilled sardines 」みたいなのがあり、やっぱりポルトガルに来たらイワシを食べてみないとね〜と思っていたので、それを注文し、奥の方で炭火を使って焼いてくれているのをじいいーと待っていた。その店はバーも兼ねているようで、そのためか照明がとてもぼんやりとしていたが、テーブルではキャンドルを灯してくれた。ワイン樽がカウンター代わりなのかゴロゴロとそこらに置かれていて、他にもお客さんは少しだけいたが、片隅にある赤いチェックのクロスのかけられたテーブルの食事席で、目立つことなくひとりでひっそりと座っていた。
焼き上がって、茹でたポテトを添えたお皿にのせられて目の前にやってきたイワシは丸々3匹。わぁ大っきいなー! と思ったが、食べ始めると、香ばしいパリッとした焼き加減が最高で、パクパクと頬張った。‥パクパクと頬張りながら、なんとなく、この内臓の部分を残すと、汚く見えちゃうな〜‥ せっかくよく焼いてくれてるしな〜‥と思い、もちろん苦くもあったが、まぁ何も気にすることなく、頭、骨、尾っぽ以外、きれいにたいらげた。
お腹いっぱいで外にでて、夜風にあたりつつ、ひとつ、ここでやりたかったことを成し遂げた感でゆっくりと宿に戻った‥のだが‥、少し経った頃、あれれ‥なんか気持ち悪いぞ‥。あ、だめだこれっ‥とすぐさま部屋から走り出て、共同のトイレへ! そーりーー! 他にもここを使っている人いたら、ごめんなさーーい! たぶんいないよねーー? と心の中で叫ぶも、こればかりはしょうがない。あぁでも間に合ってよかった‥。その後も寝ている夜中に、さらにウっときて2回ほどトイレを往復し、もうげっそり‥。あぁやっぱり内臓までは食べちゃだめだったんだねー‥イワシくん‥と、その夜は完全に空っぽになった胃と同じぐらい凹んでしまったが、まぁおかげさまで翌朝にはほぼスッキリと調子も戻っていたので、いつものように食堂へ云って、何事もなかったようにあの女の子と言葉を交わしたのだった。
「 Leave today ? 」
「 Not yet 」


