ゆるむるぅむ *monde

 

+ autour de Nice +

 
それからの3日間は、Nice 到着時に駅のインフォメーションであらかじめもらっておいた薄っぺらのパンフレットを参考にしたりして、ローカル電車に乗って近郊周辺を訪れてみた。Nice 市街は以前来た時にすでに見て回っていたし、美術館など箱の中などに行くよりも、自然のある知らない場所に出かけてみたくて、できれば車窓からの眺めを楽しみ、気になったところで降りてみたり、好きな方向に歩いたり、静かに一日を過ごしたら、夜ごはんは宿に戻って食べればいいし‥という感じのふんわりプランだった。
 

まず最初の日は、海岸線にしばらく乗って地中海を眺めながらイタリアとの国境を越えてみる。Ventimiglia の町まで行き、せっかくのイタリア、ふらりとそこらへんを歩いてみたり、終わりかけの朝市でまだ熱心にお喋りしている地元の人たちを眺めたり、小さなバールのカウンターで本場のエスプレッソをくいっと立ち飲みなどしてみる。
 

そこから次は別の路線の電車に乗り込んで、うっすらと雪の覆う山の谷を再度国境をまたぐように北上して進んでゆく。車内のアナウンスが途中まではイタリア語でちんぷんかんぷんだったけれど、フランスに入ったタイミングで、ちゃんとフランス語になっていたりするのを聴きながら、窓の外の、目の前に現れては消えてゆく景色を見つめる。辺りは自然保護公園や、2000m級の山があるようだ。
 

ずーっとそのまま乗って行きたい気もするが、あまり遠くまでは行くつもりはないので、なんとなく Tende というところで降りてみる。海から40kmほど内陸に位置する村だが、ううーん、駅前には家々や広場、大きな駐車場があったり、登山者向けにはいろんな案内があった気がするが、村自体はこれといった見どころもなさげ‥。曇天の中どことなく寂しさが漂っていたのもあり、周辺をくるるーと回っただけで、子供たちがバスケットコートで元気に遊んでいるのを見ながら、折り返すための電車がやって来るのを待った。
 

さて、再び南下しつつ次に途中下車したのは、路線の分岐地点となっているらしい Breil sur Roya。時刻表を見ると Nice までは別の直通路線があるから帰りはそれに乗ればよさそう‥と、一応駅員さんにも聞いて確認しておいてから駅を出て、さっそくトコトコと歩き始める。山らしく湿っぽくひんやりとした空気が漂っていた。遠くには低木や家がポツポツとしている大きくなだらかな山肌、淡緑色の水を湛える湖がすぐに目の前に現れ、側を道なりに歩いていくとゴツゴツした大きな岩の崖があったのでうんしょうんしょと行けるところまでよじ登ってゆき、ある程度の高さまで来たところで、丸みをおびた山の麓にひっそりと静まり返る村の全景を眺めながら、ぽけらと座って過ごした。
 

そういえば道すがら、小さな商店が1、2軒あったぐらいで、開いているカフェもなく、人も車も少し見かけただけでほとんど誰も出歩いていなかった。平日午後の昼下がり、みんな昼寝でもしてるのかなぁ‥、普段の買い物はどうするんだろう‥、市が立つのかなぁ‥、車で出かけてゆくのかなぁ‥、などと余計な心配がよぎるくらいの静けさだった。
 

しばらくじぃっとしていたら体が冷えてきたので、また元の道をたどって駅へと戻ると、さっき着いた時には気づかなかったが、駅入口の脇に背の高い針葉樹が影をつくっている沿道があり、吸い込まれるようにして入ってゆくと、その駅舎の奥まったところに連なるようにしてカフェがあった。外から入ってみると店内はモダンで明るく、程よく落ち着きもあって穏やかな雰囲気。今歩いてきた村周辺の感じに比べるとちょっと別世界のようにも感じたのだが、おかげでようやく人と場の温かさを感じられてホッとした。売店も兼ねていたのでちょうど欲しかった絵葉書も買うことができたし、カウンターの上のガラスのショーケースにはおいしそうなペストリーもいくつか並んでいたので、飲み物と一緒に何か注文し、席について食べながら、凍えることなくのんびりそこで電車を待つことができた。
 

ぼんやり見ていると、駅に併設しているカフェなのに他のお客さんたちはどうやら地元の馴染み客のようだった。ベビーカーであかちゃんを連れているお母さんや、新聞を読みながらカウンターに腰掛けているおじさん、慣れた感じで4WD車を沿道わきに止めると軽快に挨拶しながら入ってきたお兄さんなど、皆がカウンターの中で切り盛りする元気なお姉さんを中心に楽しげに話していたから、そこはちょっとした憩いの場所になっているのかな‥? 
 

入ってきた入口とは逆側にある大きなガラス窓の先にはだだっ広いスペースがあったのだが、発車時刻の何分か前に席を立ってホームに向かうべくそちら側から出てみると、実はそこがホームそのものだった。なんだ、これなら乗り遅れの心配もなさそう‥。そしていよいよ遠くのほうからホワン、ホワーン‥と音を鳴らしながら電車がやってくると、そのカフェの店内からはコートを羽織ったビジネスマンらしき男性ひとりだけがいそいそと出てきて同じ電車に乗り込んだのだった。
 
 

あくる日は、その地方を流れる Var川沿いに北西方面へと向かうことのできる別のローカル線に乗ってみることにした。いちおう観光列車らしくかわいらしい小さめの車両で、冬のオフシーズンだからかそこそこ空いていた。単線で、駅でときどき上下線の待ち合い停車をしながらゆくので、じれったいぐらいのんびり‥。けれど凛とした山々がすぐそこに迫ってくるような景色はすばらしく、乗客の皆、頭をくるくるさせながら外を見ながら感嘆の声をあげたり、ニコニコしてとても和やかな車内だった。そうやって列車は谷をじりじりゆっくりと進んでいく。
 

まだ終点ではないものの、2時間ほどかけて着いた Entrevaux という所で降りてみることにする。がたん‥、ゴトン‥、ぽつん‥、あれ? 他に降りた人は誰もおらず、電車を見送った後は、ここもまた辺りは静まり返っていた。時々山の上の方をヒューイ‥と鳶が飛んでいる。
 

気を取り直し、まず川沿いの道を歩いていくとすぐに橋が見える。それを渡れば、紋章の掲げられた城塞の入口だ。中世の時代から、村と城は岩で築かれた砦で守られてきたらしい。見上げる岩山の急斜面には高くにそびえる城まで通じているギザギザの長い道が見えるので、登れるのかな?‥とその裾までは行ってはみたが、現れたのは頑丈な門。あいにく時間外のようでがっちりと錠で閉められていたので、すんなりとあきらめて適当にぷらぷらと歩いてみる。ちいさな広場と教会があったっけ? オリーブの木があちこちに植えられていて、広場の端っこではおじさんたち数人がペタンクに興じていた。
 

その後、ひとりだけ村の住人ぽい女性とすれ違ったので、ボンジュール‥いい天気ですね‥と挨拶したら、そうですね‥とニコニコ返してくれたが、はにかんだ表情で足早に行ってしまった。そう、オフシーズン。ここでもまた空いている店を見つけられず、村の入り組んだ路地にも人影はなく、本当に静かで‥。南に大きく広がる空を見上げると、太陽の光は小高い山の上からキラキラと眩しく降りそそいでいた。
 

そよそよと風になびくオリーブの葉、まだ雪の積もっている小道、積まれた石壁の隅で揺れる野草や小さな花々、古ぼけて苔むした素焼き瓦、雪解け水のゆく川のせせらぎ、河原一帯の尖った白い岩‥。川べりまで行って水を触ってみると、キンとした冷たさが指先に伝わる。水面に日光が反射してとても美しく、そのまましばらく日光浴を楽しんでから、また来た道を戻って城塞を出る。そこから線路をまたいで向こう側のエリアも歩いて探索してみる。小さな渓流があって、藪の奥に滝を見つけたり‥とまぁそんなふうに目的もないまま、気が済むまで歩いてまわった。すがすがしくておいしい空気をたっぷり味わうことができたし、五感がすっきりと研ぎ澄まされるような貴重な時間だった。
 
 

それからまた次の日は、もう一度地中海沿いを各駅停車の電車に乗って、以前も訪れたことがある Villefranche で途中下車。記憶を懐かしくたどりながら階段を登ったり降りたりの町歩きをしたり、小さな港近くの防波堤や浜辺に座って海をじっくりと眺め味わう。色々なところがすこし整備されたものあって小綺麗になったかな‥? 前に来た時は真夏のバカンスシーズンだったので、全体の雰囲気や色のトーンが違うように感じられたものの、古い木組屋根のパッサージュはそのままだったし、あいかわらずこじんまりとして可愛らしい町だった。
 

そこからまた電車に乗り直して、その先にある Eze まで行く。無人の駅で降りて、まずは海岸への小道と書かれた小さな看板に従ってみる。ミーンミンミンミーン‥と蝉のうるさくうなる松の並木を過ぎるとすぐ、白くて丸い拳ぐらいの大きさの石がゴロンゴロンゴツゴツとしている浜に出た。わぁホットストーンにピッタリかも‥なんて考えながら、裸足になって歩いてみる。やや遠くに男性がひとり日光浴をしていたのだが、途中で明らかにアピールするようなへんてこな体操をしたり、泳いで見せたりしていたので、うわぁ‥と思いつつ、こちらには近づいては来ないので、そのまま離れたところに座って、眼中にないし気づいてもないフリ‥をしていたのだが、全くくつろげない。気に入った石をいくつか見つけてリュックに入れた後、長居せずに駅まで戻った。
 

駅の先の道路を渡ったところにある立て看板の案内をじぃーと眺めて、うむ、やはり「ニーチェの小径」を歩いてみることにする。なんてったって時間はたっぷりあるのだ。案内によれば、この先の道を行けば、Eze village、村まで辿り着けるらしいのだが、まぁ、別に途中で戻ってもいいしね‥と楽観して歩を進める。最初のうちは整備された小径‥だったのだが、おや‥こ、これは‥? そう、道の様子が変わり始めたと思ったら、あっという間にそれはもう完全に山道なのだった。歩いても歩いてもまだまだ道は続く‥。ところどころ険しい急な坂もあって、息を切らしながら休み休み登ってゆく。途中で、どうしよう‥ほんとうに辿り着けるのかな‥と不安になったり、うーん拾ってきた石ころが重たいぞ‥とも思ったが仕方ない。ここまで来て引き返すのももったいないし、海のものを山の中に置いて行っては失礼‥と気持ちを切り替えたあとは、ニーチェうんぬんどころか、ただひたすら無心に登ってゆく‥。
 

眼下の景色が霞み始めたころ、目の前には全く予想していなかった雄大な岩の絶壁がドドーンと行手を阻むかのごとくそびえ立っている。まさかこんな道とはつゆ知らず‥。しかし歩きながら高度がちびりちびりとも上がってゆくにつれ、鷹の巣とはよく云ったものだなぁと関心し、そして同時に感動もしていた。なぜって、ほんとうに素晴らしい景色なのだ。それまではまったく見えていなかった海や水平線もようやく見え始めると気分も上がり、ふぅ〜ここまで歩いてきたならもうあとは少しかなぁ‥などど思いながら座って休憩していたら、タッタタッタタッタター‥とひとりの男性ランナーが目の前を通り過ぎていく。おもわず、フエッと声が出るくらいの混乱‥。え、この道を?走って登ってきたの‥? すごいなぁ〜‥
 

そうしてようやく村に到着ー! ハイキング後のデロローン‥とくたびれたこちらの様相とはまったく相入れないオシャレで高級っぽい店やレストランが並んでいる路地をとりあえず歩いていくと、奥まったところに植物園があったので入ってみたのだが、これがまたとても素敵な場所だった。南国っぽく華やかで美しいサボテンなどたくさんの植物たちと共に、見晴台からは大きな空と海と海岸線のパノラマビューを眺めることができる。周りにいた皆が静かにその美しさを味わっていた。同じように一人歩きしていた人も含めて、誰もがロマンチックな空気に包まれていたようだった‥。
 

そこからの帰りは、村の裏側にある幹線道路のバス停から路線バスに乗って Nice 市街まで戻ることにする。そう、つまり Eze village へ来るには車やバスのほうがアクセスが良い。その日の朝、villefranche に寄りたいのもあって駅で電車のチケットを買った時に、「 Eze の駅は海側よ、ほんとにいいのね?」と窓口のお姉さんに念押しするように云われたのは、この高度ゆえだったわけだ。だって地図だけ見てもここまでの高低差とはわからなかったんだもの‥。幸い、さほど待つことなくバスもやってきて、ちょうど海の向こうに日が沈みゆく夕暮れの頃、たくさんのヘッドライトとすれ違いながら、くくねくねとした道を走っていく。Nice 市街に入ってすぐに、ヨットハーバーの横を通ったので、薄暗がりの中に目を凝らしてみると、小さく揺れているたくさんの係留船がぼんやりと見えるのだった。バスを降りてからはヨタヨタとしながらしばらく歩いて宿に着いた。疲れはしたが、それもまた心地よく感じられるほどに充実した一日だった。
 
 

‥さて、そんなふうに昼間はほとんど人と話さずに過ごした3日間だったが、たしかその2日目の夕方、宿に一旦戻ってからちょっとまた出かけるつもりでちょうどキッチンの前を通りかかると、ヒョロッとしたアジア人青年がニコニコと話しかけてきた。
 

「ハロー! はじめまして、僕、韓国人です。今日ここに着きました。あなたは?」
 

「日本人です。ここには数日前から‥。えーと、あの、これから出かけるのでまたあとで‥」
 

「どこに行くの!? 僕も一緒に行っていい?」
 

「え、ここらへん散歩して、カフェに寄ったりとか‥? 一緒に‥? うん、構わないけど‥」
 
 

いつもの調子でなんとなくふらりと出かけるつもりが、どこ? と聞かれたら、答えとしてはそれぐらいしか浮かばなかった。まぁ静かな一日を過ごした後だし、誰かとお喋りするのもいいだろう‥。
 

連れ立って出かけたものの歩道が狭くて並んで歩くことができず、非常に話しにくいので、すぐ近くにあったカフェのテラスに座る。それぞれの飲み物を注文してから、彼が云うには
 

「わー 僕、カフェに入るの初めて!」
 

「え、初めて? フランスに着いたばっかり?」
 

「うん、その前はスペインにいた。ヨーロッパ鉄道の周遊切符で旅してる。でもスペインでもこういう場所には入ってないから、ほんとに初めて」
 
と、ウキウキしたように云う。
 

「スペインに行ったのに、バルに行かなかったの?」
 

「うん、行ってない。ひとりだし、外食高いでしょ?」
 

「スペインだったらフランスより安くておいしいものもいっぱいありそうだけど‥。じゃぁ、旅の間は何食べてるの?」
 

「えー なんかてきとうにー すごくお腹空いたらハンバーガーとかー でもまぁ大丈夫だよー」
 
 

と笑っている。聞くと、彼は大学生なのだが、もうすぐ兵役義務に行くことが決まっているらしく、それに合わせるために少し前に大学は休学したのだが、まだ少し時間があるので、足りない分は親に頼みこんでお金を出してもらい、ヨーロッパをなるべく格安で回っているとのことだった。
 

「えっ Paris に住んでたの? これから行こうと思ってるんだ。地下鉄とかはスリがいっぱいいるんでしょ? ちょっと怖いなー」
 

見ると、フランスではバナーヌ(バナナ)と呼ばれている、いわゆるウェストポーチを腰に付けている。
 

「ねぇ、そのバナーヌにお金とかパスポート入れてるの? 絶対やめたほうがいいよ、狙われるから」
 

というと、彼はおもむろにシャツの裾をめくって、中のTシャツの上からぴたっと体に張りついた感じの白いメッシュの一体型ポーチをちらりと見せてくる。パスポートや紙幣はそこか‥。それを実際に装着している人は初めて見たけど、
 

「まぁそれなら平気だね」
 

すぐ後で、「あ、小銭が足りない‥」とか云って、そこからもぞもぞと取り出した紙幣で自分のカフェ代を払っていたっけ?
 
 

「で、Paris はどこがおすすめ? エッフェル塔とか?」
 

「エッフェル塔はけっこういろんなところからも見えるよ。まぁメトロも便利だけど、とにかく Paris はいっぱい歩いてみて。実際歩けちゃうし‥」
 

「あー ドキドキするなー」
 
 

そのあと、またなんだかんだ話しているうちに‥
 

「きみは韓国には来たことある?」
 

「ないけど、たぶんそのうちね‥。日本に来たことはある?」
 

「まだないけど、僕もそのうち! だって日本と韓国すっごく近いよね!」
 

「うん、まぁ‥」
 

「 It’s really sooooo close ! 」(ニコニコ)
 

あ、また‥。もしかして close を似てるとか仲良いって意味で云ってる‥? と、ふと頭をよぎるも、二人揃ってブロークン英語なのもあって、会話もいまいち深まらない感じだったし、ちょうどお腹も空いてきた頃だったので
 

「そろそろスーパーが閉まっちゃうから、買い物して帰ろう!」
 

と、誘うように云って席を立つ。
 

宿のすぐ近くのスーパーでそれぞれに買い物をすると、彼はポテトチップみたいなスナックの袋とジュースのペットボトルだけ持って出てきて、それでも相変わらずニコニコとしていたので、なるほど、彼なりに節約してるんだね‥と思い、まぁそれが彼の旅のスタイルだからとあまり気に止めなかった。キッチンでは切ったパンだか何かを皿に盛っておいて、どうぞ〜と云って一緒に食べたりしながら、もう一人の滞在者のアメリカ人女性も交えて話しているうちに、彼は遠慮したのか部屋へと戻ったようだった。
 
 

翌朝、起きていつものごとくキッチンへ行くと、彼はもうチェックアウトしたらしく、すでにいなかった。「えっ Paris に行くとは云ってたけどもう?」 「 Nice もほとんど見ていないんじゃ‥?」 「いくらなんでも駆け足すぎるよねぇ‥」 なんて好き勝手に話していたのだが、もしかしたら午前中はそのままどこか見て回ってから電車に乗ったかもしれないし‥なんて、まぁ知る由もないのだが‥。それに、なんてったって彼はまだ若い。その気になったらいくらでもまた来るチャンスはあるだろう。
 
 
 
そう、旅のスタイルはそれぞれ‥。