ゆるむるぅむ *monde

 

+ Algarve 3 +

 
Lagos から午前のバスに乗って30kmほど先にある Sagres_サグレス へ行く。ここは、ユーラシア大陸の南西の果て、つまりいちばん端っこである。降りたバス停の周りには、ほとんど何もなく、一軒ぐらい何か情報を得られるところが開いているだろうと思っていたのだが、レンタサイクルショップやツーリストオフィスも、あるにはあったが、どこもみな閉まっていた。お昼休憩にはまだ少し早い時間だ。遠目には、サグレス要塞という施設が見える。その中には大航海時代の記念碑や礼拝堂があるそうなのだが、そこにたどり着くのも1km先だし、他に人っ子一人おらず、もし行っても閉まっていたら‥。
 

うーん、要塞は別にいいか‥。それよりももう少し先の Cabo de Sao Vicante_サン・ヴィセンテ岬に行ってみよう。そここそが本当の最西南端であるらしい。どれどれバスの時刻は‥、ありゃ、今日はバスがない‥。しばし考え、うん、天気もいいし、時間はたっぷりあるから歩くか‥。ガイドブックには 6km とあり、そこまで遠くないだろうと歩き始める。
 

アスファルトの車道が一本、草の生い茂る野っ原の中にあり、その端をとぼとぼと行く。車もほとんどとおらず、左手200m 先ぐらいの海岸線も断崖絶壁のため、そこからは海がはっきりと見えず、それを感じさせるのはやや湿った潮風のみだった。行く手の景色は光を纏ってうっすらとした靄の中にぼやけており、ただ周りの自然と自分しかいなかった。建物も、畑もなく、看板も、標識もない。風が吹くたびに、伸びた野草が波のように踊って動くのを横目に、てくてく‥てくてく‥てくてく‥。
 

時折、ザー‥ワー‥と風が耳元をかすっていく音と、小鳥たちがチュチュチュ‥ピピピピ‥と鳴いている以外は、ほぼほぼ無音の世界‥。だんだんとその静けさに吸い込まれていくのだが、しばらーくすると、遠くからかすかにエンジン音が聞こえて来て、そのうちに近づいてきた車がビューンッっと横を過ぎ去っていくのだった。しかしそれもわずか数台のことだった。
 

周りの景色はほとんど変わらず、歩いても歩いてもたどりつけないかのように感じる。霞の中の岬は、なんとなく形が見えてきたものの、まだまだはるか遠くのようだ‥。それでも、時々立ち止まりながらも、とにかく歩いてゆく。いっぽいっぽ、歩を進めてゆくしかない。大丈夫、太陽は仰ぐほどの上方にあるし、辺り一面を心地よく照らしてくれている‥。
 

そうして、どれくらい時間がかかったろうか、ようやくその岬の灯台の下へ辿り着いた時のうれしさといったら‥! 赤い屋根の灯台は高くから「ようこそ‥」と、静かにこちらを見下ろしてくれているようだった。そしてさすがに、そこでは他にも観光客がちらほらいて、もちろん皆は車で来ているのだが、門手前の道端には、綿あめだかアイス売りだかの車も止まっていたりした。さっそく灯台周りをぐるっと歩いて、その先に広がる雄大な北大西洋を望む。この先にはアフリカ大陸‥、そしてこっちのもっともっと先には、アメリカ大陸があるのか〜 昔の人はここから大海原へ冒険に旅立っていったんだな〜‥としばし感慨にふけてみたり‥。
 

太陽はすこし傾いたとはいえ、まだ上の方にある。よぅし、じゃあまた戻ることにするか‥。灯台を背にして、その壁越し上方から見てみると、こんどは車道じゃなくて、野っ原を歩けそうだな〜と思い立ち、また、てくてくと歩き始める。
 

断崖から20m ほどの距離を保ちながらゆく。そこでは草もまばらになり、黒くゴツゴツとした岩場が続いていた。よく見ると、岩陰にポツンと釣り人が竿を操り、釣り糸を垂らしている。またしばらく行くと、別の岩間にまたひとり‥。何が釣れるのかな〜と興味はあったが、そのまま通り過ぎてゆく。
 

来た時より潮風が強かったが、それがとても心地よく、岩場と草原の中間辺りをずっとずっと歩いてゆく。
 

ただひとり、歩いていく。
 

光が草を撫でるように照らし、風がそこらここらにまだらな波を作る。それ以外は、青い空と、遠くにまぶしく滲んでいる水平線、キラキラとかすかにきらめく水面‥
 
 

あぁ、なんて自由で、幸せなんだろう‥
 
 

そこにはただ目に映るものだけしかなく、頭の中は、なにかに占有されるような感覚もなく、生き生きとしていた。完全に解放され、透き通って、時による支配もなく、周りとの境界もないように感じられ、瞬間、瞬間に、気づいているだけだった。
 

長い距離を歩くのさえ、まったく苦にならず、その道程、自然の中に在ることだけを、甘受しながら、そうしてだんだん、だんだん、ゆっくりと日が傾いてきた頃、バス停に到着したのだった。
 
 

まだ Lagos へ帰るバスまでは少し時間があったので、それより先の小さな港へと行ってみる。仕事を終えた木の船が二隻だけ、浜に半分上がった状態で係留されていた。杭や大きな鎖は錆びていたが、しっかりとそれらをつなぎとめていて、夕暮れのうっすらとした暗がりの中で、静かにこれから来る夜を待ち構えるかのようだった。まわりの一段あがったところの防波堤には少年や青年らが数人、なにやら声を上げて楽しげに過ごしているシルエットがあった。なんて素敵な景色だろう‥。それは、わざわざカメラを取り出して、シャッターを切ることすら躊躇われるほどの美しさであり、しばらくそのまま立ち尽くして見とれていた。
 

そこからほど近くに、一軒のバーが開いていたので、入ってみる。奥に細長い店内だったが、窓越しに外が見たかったので入り口すぐ近くのテーブルにつき、そこのハイチェアに座って待つ。壁には 数枚のイベントポスターに混じって < Karate > と、イラスト入りのものも目立つように貼られていて、ほぅ、空手がここにも浸透しているなんて‥と、普段空手とは全く縁がないにもかかわらず、なんだか微笑ましかった。
 

ウェイターがやってきたので注文する。彼はこちらを見て少し驚いたような顔をしたが、すぐにやわらいだ笑顔になった。飲み物を運んできてくれた時も、会計をする時も、特に必要以上の会話はなかったが、なぜか、少し照れくさそうな、はにかんだような表情だった。店を出てから、あぁもしかして、空手をやっているのは彼だったり‥? こちらが日本人かもしれないから、親近感をもってくれたのかなぁ‥? なんて勝手な想像をしながら、バスに乗ってSagres を後にした。
 
 

ありがとう、ここまで来れてほんとうによかった‥。そんな、特別な一日‥。