+ Lisboa & Cascais +
Lagos での5日目の朝、食堂で宿の女の子に今日発つことを伝えると、あまり表情も変えずに淡々と、わかりました‥との返事。朝食後、荷物をまとめてチェックアウト、静かにそこを後にした。途中、駅近くの郵便局へ立ち寄って何枚かの絵葉書を送ってから、また長距離バスで4時間半ほどかけて、Lisboa_リスボアへと戻る。海辺でゆったりとした時間を過ごすことができたので、今度は歴史ある街並みを数日だがのんびりと楽しむつもりで到着後に向かったのは、旧市街の小高い丘の上に広がる Bairro Alto_バイロアルト地区。そこの小さな安宿に小さな部屋を取った。宿のすぐ近くには急坂を昇り降りする黄色のケーブルカーがあり、その横のこじんまりとした公園からは、オレンジ色の屋根が連なる街並み、右手にはテージョ川が遠くにうっすらと、また別の丘の頂に建つサン・ジョルジェ城を眺めることができ、散策を始める前の朝も、帰りの夕暮れも、夜のライトアップも、どの時間もとても美しく、お気に入りの場所となった。
Lisboa には7つの丘があるらしい。別の旧市街 Alfama_アルファマ地区、サン・ジョルジェ城、Baixa_バイシャ地区に行くためには、まずそのケーブルカー、グロリア線横の坂の段々道を歩いて降りてゆき、そこからたくさんくねくねとした道を辿りながら、また登ったり降りたりするような感じでぐるぐると、まぁ散策中はとにかくよく歩いた。石畳がつづく坂の小道をいきなり車といっしょに市電が通り抜けていったりして、おもしろい。たしかに都会‥ではあるものの、旧市街だからか、時に歴史の重みさえ感じるような重厚さの中にも古ぼけた味わい深さ、さびれ加減が、逆にしっくりと居心地よく感じさせる。壁のそこかしこが崩れていたり、鉄には錆が、塗装はところどころ剥げていて、かつての繁栄を感じさせるような派手さも煌びやかさもほぼほぼないのだが、目を凝らすとあちこちに意匠的なディテールがあるのだ。鉄柵、扉、タイルや街灯‥、ごつごつとした石畳の並びにもデザインが施されていたりする。
ある夜、せっかくだからファドを聴きに行こうと、それらしい看板が出ている近所のレストランに入ってみた。実はガイドブックに載っているような店もその界隈でちらほら見かけたのだが、道に人が溢れるほどに混みすぎて入りづらかったので、ふーん‥どうしようっかな〜‥と適当に歩いてたらこじんまりとした一軒を見つけたので、そこにしてみたのだ。他に客は3,4組いたぐらいでガランと空いていた。最初に夕食として何かをオーダーし(またもや、そこで何を食べたかは全く覚えていないのだが‥)、ちょうど食べ終わった頃に、フロアの奥の方で、肩に黒いレースを掛けたちょっぴりふくよかな女性が、二人の伴奏者の奏でるギターとマンドリンの音に合わせて歌い始めた。これは‥民謡というより、演歌‥? 時折しぼりだすような低音もあるが、思っていたよりも軽やかなメロディーに、テンポも程よくまったり、けれど歌い手の声はとってものびやかで澄んでいた。ファドについてはガイドブックに書かれている以外の知識もなく、文字通り初めてそれを聴いたわけだが、街並みや人々と似ている感じで派手さはないものの、本場で聞く生の音楽はやはり旅の情緒を盛り上げてくれた。実際、ポルトガルでいうところの哀愁、”サウダージ” とやらを、なんとなくだが味わえたようにも思えた。
結局、10曲ぐらい聴いただろうか‥。終わるとその女性歌手がそれぞれのテーブルをていねいにあいさつして回っていた。最後にこちらにも来てくれたので、一応、感想を伝えなくては‥と簡単な英語とフランス語で「とてもよかったです!」と拍手と笑顔を合わせて表現してから、「えーと、あなたの歌はオリジナルなのですか?」と聞いてもみるものの、彼女はポルトガル語しか話せないようで、少し粘ってもみたが、やはりこちらの云ってることはまったく通じなかった。でもそのやりとりが、むしろ逆におかしくなってきて、思わず、彼女が手にしていたCD を指差し、手振りを交えながら「あ、じゃぁもうこれ買います!」と云うと、彼女は「あら本当に? 嬉しいわ!」みたいな素振りで喜び、さらさらとサインしてから、笑って手渡してくれた。そしてボーナスっぽくもう一曲披露してくれて、その夜のファド・ショーは満場の拍手で終了となった。店を出る時に、優しく微笑む初老のオーナーと扉の先で「オブリガード」「オブリガーダ」「ボアノイチェ」と挨拶し合って、ほんわかと店を後にしたのだった。
あとで調べたところ、どうやらファドというのは歌い手の歌唱や表現によって多少違いはあるが、同じ歌曲のようで、そこがまた鑑賞の魅力であるとのこと。けれど個人的には、実際目の前で初めて聴いた彼女の印象とその思い出があれば充分‥なので、特に他の方のを聴かなくてもいいかなぁ〜という感じ。アラブ音楽っぽい要素もある‥とされてはいるけれど、じぃっと聞き入る感じの音楽であり、フラメンコみたく踊ったりは全くできないので、やっぱりファドは独特‥。
そうして街歩きを存分に二日半ほどかけて楽しんだ後、またどうしても海が見たくなり、最終日は Lisboa から電車に乗って、Cascais_カスカイス へと出かけた。車窓からは有名な “発見のモニュメント” や “ベレンの塔” が海沿いに見えた。開けた窓から気持ちのいい風が入ってきて、席に座って外を眺めているだけで、解放感があった。
Cascais はリゾート地らしく、駅前は小洒落た感じだったが、どんどん歩いて海沿いの遊歩道へと進んでゆく。そしてさらに2kmほど行くと、岩礁の合間に断崖の洞穴から水しぶきがドっバーーン!と打ち上がるところがあったりして、ダイナミックな波、自然のエネルギーにまた触れることができて、すごく気分がよかった。海岸でのんびり過ごしながら何か書いたりして、夕方になるまでそこで過ごした。あぁそういえば、海沿いでぽつんとパラソルをさして立っていたおじさんがいて、近づいてみると小さなアクリルのショーケースの中に “Pastéis de bacalhau (干しダラのコロッケ)” だけを並べて売っていて、わ、おいしそう!と小銭をチャリンと渡して買って、海を見ながらパクっと食べたら、これがほんとうにものすごく美味しくて、その旅の中で食べたものの中でもピカイチ!だったので、すぐに2個目を買いに行っておかわりした。
心地よい風合い、色合い、自然の景色、大きな空、気持ちのいい風、波のしぶき、風の音、無音の調べ、哀愁の音楽、素朴な味、物静かでやさしい雰囲気と人々‥。まさかのポルトガルで、まるで侘び寂びの境地のような、思いがけず自分のこころの中の原風景‥みたいなのを見つけた気がして、とても印象深い旅のひとつ‥なのだけれど‥、あぁ、これがつまり ”サウダージ”‥なのかな‥?




