ゆるむるぅむ *monde

 

+ une Hôtelière à Nice +

 
Paris で友人にいくつか物をあげたり、預かってもらえたおかげで、かなり軽くなったバックパックを再び背負い、高速鉄道 TGV に乗って南のコートダジュールへと向かう。列車が Marseille_マルセイユを過ぎたあたりから、明るい日差しの中にキラキラとした海がちらほら見えてくると、いつもウキウキとした気分になってくる。乾いた岩山のトンネルを抜け、小さな海岸を通り越しながら、レンガ色の素焼き瓦の家々などをながめつつ、ゆっくりと進んでゆく。
 

Nice_ニースに到着すると、そこからは予約しておいた宿までてくてくと歩いてゆく。以前だったら、あまりこだわりなくガイドブックを見たり、現地に着いてから適当に探して安宿の部屋をとっていたものだが、この頃になるとすでに事前にインターネットを使って簡単に予約できる時代になっていた。条件に合うようなところを探して、良さげで気に入ったところを自分で選択できるのだから本当に便利になったものだ。最初はなんとなく旅情緒に欠ける気もしたが、検索しながらよく吟味もすれば、前割りなどでお得なところを見つけられたり、条件に合わせたたゆえの納得感もあるし、ついでに行き先の地理がなんとなく頭にも入ったり、連絡を取って直接やりとりするのも結構楽しい。
 

今回予約していたアパートメント B&B も、駅からは少し離れるものの、海岸からわりと近く、B&B ゆえにちゃんと朝食付き、でもキッチンも使えて、しかもリーズナブル‥というのに惹かれた場所だった。約束していた時間通りに到着すると、早速オーナーの女性がさくさくっと部屋や共用スペースに案内しながら説明してくれる。
 

建築としては、内装に薄い色ガラスがや磨りガラスが多く使われていて、そのせいか何となく全体的に華奢な造りの印象だったが、実はなんと 100年は裕に超えるベルエポック時代に建てられた歴史ある建物なのだそうで、宿の経営が念願だったというオーナー夫妻がその3階のワンフロアを購入して改装し、シンプルな B&B としてオープンさせてからまだ一年も経っていないとのこと。
 

住居の建具や金物はなるべく元あったものを生かしながら、でもきちんと修繕やリフォームされており、白く塗られた壁やドア、カーブしている半回廊の廊下にはツヤのある飴色のニスで磨かれた細板の無垢材、鎧戸や窓枠などちょっとしたところにはペパーミントグリーンが差し色に使われていて、全体的に淡い色調がとても柔らかい。もともと温暖な気候の Nice、その明るい陽光も磨りガラスの高窓を通してたくさん入ってくる心地よい空間だった。
 

予約していた一人部屋は、ベッド、タンス、その上にテレビ、あと椅子がひとつ。それらがぎゅっと詰め込まれるようにして置いてあるだけのシンプルさ。窓も一応あるものの、開けたとたん下の通りのざわめきがけっこううるさく眺めもいまいちなので、朝早くに空模様を見るか換気のために少し開けるぐらいのもの。数日眠るだけだし、ベッドがちゃんとしているならそれで十分。
 

一方、共用キッチンのスペースは広々として天井も高く、12、3人は座れそうな大きくて長いテーブルが真ん中に鎮座しており、周りにクラシックなダイニングチェアが並んで、ちょっとしたミーティングがすぐにでもできそうな感じ。壁際に家庭的な食器棚が二つあり、絵皿が飾られていたり、カトラリーやグラス、マグカップ、シンプルな食器類がたくさん収められていて、きちんと洗いさえすれば、どれも自由に使ってよいとのこと。
 

また、ちょうど部屋のとなりがバスルームになっていて、のぞいてみると、まぁ素敵‥。やや細長いものの部屋と同じぐらいの広さがあり、手前にアールデコ調の大きな鏡と洗面台、中央右手に足付きの大きな楕円型バスタブ、その上にシャワーカーテンのための細い真鍮レールが優雅な曲線を描き、そして左手奥にトイレがあった。昼間はスペース全体が自然光で十分明るく、ドアと窓を開ければ風通しもよい。壁には腰高に真珠層のような美しいタイルが貼られていて、光が反射すると虹色にそっとやさしくきらめくのだった。
 

他に宿泊客はいるのかしら‥? と思って聞くと、オープン以来わりといつも満室‥とはいえ、他にあと二つの貸し部屋があるのみで、そのうち一つはバストイレ付きの部屋だし、オーナーも夜は自分の住居に帰るので、そのバスルームをシェアするのはあともう一人だけらしく、気を使わなくて済みそうだった。ちょうど初日は一人旅のアメリカ人女性がいて、他にはどこからだったか忘れたが、母娘が大部屋に滞在しているとのこと。
 

洗濯機はここよ、あ、使わない? じゃぁあとはもう大丈夫? いつも朝食は〇時からなんだけど明日はちょっぴり遅めでも平気かしら? ‥などと気遣いながらも互いにうまくいくよう調整もした後で、フロアと部屋の鍵二つを渡してくれ、建物入口の digi コードも教えてくれた。
 

夕方、海を見に浜辺まで散歩に出かけ、帰りに近所の小さなスーパーで買い物をして戻ってくると、彼女はもういなかった。シャワーを浴び、それからキッチンで簡単な夕食を摂って、他の宿泊者たちとも少し話をし、あとは自分の部屋に戻って、いつもやるようにベッドの上で地図を広げ、翌日の行き先の下調べをしてから眠った。オーナーが不在‥というのが少し心配ではあったものの、夜は何事もなく静かに更けていった。
 
 

翌朝、身支度をし、朝食を摂りにキッチンへ行くとすでに他の皆は食事中だった。焼きたてのバゲット、バターと数種類のジャムに、オレンジジュースとコーヒーという、超シンプルな朝食だが用意されているだけでありがたい。そのうち母娘二人は先に部屋へ戻ってゆき、残ったオーナーとアメリカ人女性と、すすめられるままコーヒーのおかわりをしながら食後もおしゃべりする。今日の予定は‥? どこどこに行くつもり‥、あそこの美術館はどうこう‥など、当たり障りのない旅行者トークがひととおり終わったころ、天井から吊り下げるように設置されていた小さなテレビでは、ちょうど一週間前に起きたハイチでの大地震についての現地リポートが流れていた。
 

「かわいそうに、インフラもままならないなんて‥。感染病も心配だわね‥。でも元々病院も薬も少なそうだし、ワクチンなんてやってないんじゃないかしら‥?」と、つぶやくオーナー。
 

画面に映し出されている映像を見る限り、たしかにかなり厳しい様子が伝わってきて痛ましかった。実のところ、旅の間はずっとメディアから遠ざかっていたので、ハイチで大地震があったと知ったのも昨日の移動中、誰かが読んでいた新聞の一面で大きな写真を見たのが最初で、どんな状況なのか、ほぼ何も知らないままだったのでなおさらだった。
 

O 「たしか‥、日本でも地震あったわよね? よくあるの?」
 
R 「はい、すごく大きいのがたまに‥。小さいのはしょっちゅう‥」
 
O 「わぁそうなの? ここじゃ考えられないわ‥」
 
と、肩をすくませる。
 

R 「例えば、ああいう高いところに物を置いてるのを見ると、そわそわしますよ。日本だと危なくてありえないから‥。旅行中でも、あまり慣れないですね‥」
 
と、流し台の上にある、ただ板を渡しただけのような棚に無防備に並べられているたくさんのガラス瓶や、食器棚の上に乗っかっている大きな陶器の水差しなどを指さして云う。
 
 

さらに三人での雑談がつづいた後で、急に思い出したかのように
 
O 「あ、そういえば明日は水曜だから、夫が朝食の準備に来ます。わたしは子供と家でゆっくり過ごすわ‥」
 
と、淡々と告げつつ、ちょっと安堵するような表情を見せる。
 

旦那さんは普段は会社勤めをしていて、お子さんはまだ小さく学校に行っている年頃でもあり、なかなかやりくりが難しいとのことだった。
 

R 「一般のバカンス時期は、旅行客相手だから忙しいし仕事でしょう? あなたたちはいつ休暇を取るんですか‥?」
 
と、聞いてみると
 

O 「そう、そこなのよ‥ やってみたら思った以上にそれが問題なのよ。けど、まぁしかたないわよね‥せっかくここを手に入れたんだもの。だから子供がバカンス中はグループ合宿に行かせたり、親や親戚にお願いして預けたりして‥。あと私たちが休みを取って家族でどこか旅行に行きたい時は、子供も学校を休ませちゃうの‥」
 
といって、半分笑いつつ半分真剣に、ふぅ〜‥なんて大きなため息をついている。
 

R 「あらら、ちょっと疲れてるんじゃないですか?」
 
O 「ええ、そうなの‥ほんとのところちょっとね‥。朝早くに子供の支度をして、急いでパン屋に寄ってからこっちに来て‥ そのあと掃除や準備や帳簿でしょ。そうしたらすぐまた急いで帰らないとじゃない? 母も子供の迎えとか協力してくれているんだけど‥。でもまぁ夫もちゃんと手伝ってくれるから助かるわ。じゃないと無理だもの‥」
 

三人がほぼ同年代というのもあってつい気が緩んだのか、そんな本音をあまりに素直に話してくるものだから、なんだか励ましてあげたくもなり‥
 

R 「ここ、とても素敵ですよ! もう、すごく気に入ってます。 全部自分でやらなきゃいけないのが大変なのもわかります。でもまぁまだ始めたばかりだし、きっと少しずつうまくいくようになっていきますよ。明日はゆっくり休んでくださいね‥」
 
O 「うん、そうよね、ありがとう‥。よし、じゃぁそろそろ仕事を始めることにするわ。 よい一日を!」
 
「よい一日を!」
 

と、ようやく皆で席を立って、それぞれの一日を始めたのだった。