寒い日と暖かい日、雨が降ったり、風が吹いたり、晴れ渡ったり‥と
3月になっていろんなお天気がつづいていますが、春の気配はあちら
こちらに現われています。
草花もそうだし、甘酸っぱい香りが漂ってるし、冬眠から目覚めたの
か、新生したのかはわからないけれど、ちょうちょもひらひら~とし
始めたし、虹色とかげもカサコソとそこらを歩いてるし、耳を澄ます
と鳥たちが、歌うようにさえずっているのが聞こえてきます。これは
きっと、恋のお誘いなのでしょうねぇ‥うふふ。
さて、春なので(!?)『らでぃかるぅむ』をはじめることにしました。
そこにはあえて、以前のワークショップのような「瞑想」の文字はあ
りません。
自分自身で、自分の内と外に全体的な調和を見つける‥、またはそれ
に気づくこと‥。それは実際、瞑想的であること‥なのですが、最初
にそのことばを掲げていると、どうも、ある誤解を招いているように
感じたからです。
瞑想とは意志のもとではなく、自然に起こるものです。それをじゃぁ
今から30分だけ瞑想状態になろうとか、できるできないという表現
の範疇にあるわけではなく、いわばこちらの状態に応じて、むこうか
らやってくるもの‥でしょうか。
で、偏見やうぬぼれもなしに、真の気づきをもたらせるように、こち
ら側の調子を、静かに落ちついた状態として、いつも整えておく必要
はあるわけです。そしてそれが実は、全く自然な自分‥ということな
のです。
だから『らでぃかるぅむ』ではワークをシンプルに、けれども真摯に
向き合って、表面だけでない、深みをもった人間としてのバランスや
ハーモニーについて語りあうことにしたのです。
日常には、ありのままの事実、真相からの逃げ道として、ドラッグみ
たいに作用するありとあらゆるモノ、物品や嗜好品、趣味、娯楽、流
行、思想、情報‥が溢れているのが実情ですが、このワークや瞑想が、
それらドラッグのような一時的なものとして捉えられないように‥と
思います。
だからといって、ストイック(禁欲)になるのではありませんよ。そ
れこそ全くのナンセンス。ほんとうにしたいことがあるなら、気づき
ながらとことんやって、そうして、自分の自然を見つけることです。
‥とはいっても、バランシングや瞑想が、いつかどこかで帰結終着す
ることはありません。なぜならわたしたちを含め、それは生きている
からです。だから常にフレッシュに、無垢なこころで、学びゆくプロ
セスのことなのです。
わたし個人の生涯テーマは、 ‘自由と真実の愛’ ですね。もぅかなり
クサ~く聞こえてしまいますが‥、でも、ほんとです!
それでは、またお会いしましょう。