ゆるむるぅむ ~ yurumuroom

 

台風9号! ぐるぐる==っと勢い勇ましく、関東から東北、北海道
を抜けて、きのう温帯低気圧に変わったそうです。うちをちょうど通
過中の夜の、未明の3時ごろ、パチっと目が覚めたので、ちょっぴり
ドキドキしながら、ごぉごおーんと凄まじい雨風にあおられる木々た
ちを、窓越しにながめていました。

普段はありえない揺さぶられ方にウワわァ~‥と心配しましたが、み
んなしっかりと踏ん張っているようで、その姿はとても頼もしく見え
ました。そしてやや勢いも静まってきたころに、もう一度眠りについ
たのですが、朝起きてみると家の周りにはたくさんの小枝や葉っぱ、
青いままのどんぐりが散っていました。ごくろうさん‥。 

いやぁしかし今年の夏は7月は雨が多くて涼しすぎ、8月はどぉしよ
うもないほどの猛暑続き、しんどかったですよね。今まだこの辺りで
は蝉がみんみんつくつく鳴いていますが、秋の気配はだんだんと近づ
いているようです。涼しくなれば、身体も動かしやすいし、食もすす
むし、夜もぐっすりと眠れるので、クールダウンしながらきちんとバ
ランスを整えていきたいところですよね。

さて、体調のバランスというものは、日々の生活の中での疲れ、睡眠、
食事、生理周期、習慣などいろんな物理的なことが影響してますが、
今日は、それに大きく関わっているであろう、別の側面‥いわゆる心
理的なところを探ってみれるかな‥?と思います。

というのも、気分の高揚や停滞の状態、またそこから発生するエネル
ギーについて、私自身、もっぱらもくもく研究中でして、ここのとこ
ろずっと、日々注目している観察・実験材料でもありまして‥。

なので書きながら、それを少し整理しつつ、まぁもしよろしければみ
なさんも、一緒にそれを探ってみましょう!

気分のよい時というのは、ものごとがハッキリ明瞭に、スムーズに進
行していて、多少のブロックがあっても立ち向かえる勇気、パワーみ
たいなものが、おのずとそこにあるような感じがします。(‥自分の
中に問題を抱えていなければ、実はすでにこの状態?)

しかしまた、あまり高揚しすぎても、どうにでもなれやーいっと大ざ
っぱになったり、見てみないふりー‥というように、判断力や知覚力
にゆがみが生じるように感じます。(‥お酒や、何かに酔っぱらって
る時って、わりとこうかも?)

そして停滞時‥。どよよーんと重く、何をやる気もなく、少しのこと
でもめんどくさく感じたり、泥沼にハマってる感を自覚はしているも
のの、じゃ、どうしたらいいのかもよくわからず、うやむや~な、だ
るだる~な、誰もが感じたことのある、あれ‥。

この逃れたくとも逃れられない停滞モードは、いちばんの難問です。
原因を突き止めたら事が済んでしまうような簡単なことならば、わざ
わざ取り上げる必要もないのですが、ここで調べるべき問題は、気分
沈澱への経過に気づけずに、すでに足を捕られてしまってから、んー
‥なんかどうもしんどいな‥が、長くつづいている状態です。

そういう時は身体もシャキッとせず、何となくだるさを引きずりなが
らも、自分はさておき、周りに視線が行くことが多いです。しんどさ
そのものには気づいているので、それから逃れられたり、避けるきっ
かけとなるものを探すのです。

何かいいことないかな~、おもしろいこと起きないかな~‥と外的な
刺激をあてにしたり、期待する。また、あれがああだからきっとこう
なってしまったんだ‥的な理由を見つけ、自分以外のせいにし、安心
したいと思うのです。

これは、ボーっとしてると、自動的に行われてしまう、思考のクセみ
たいなもののようですが、おかしなことに、そうしてあれこれと頭で
思ってみても、その停滞感からは抜けきれません‥。

またそう感じている時には、自分の中で、その感じを言葉で形容して
たりします。私は今、怒っている、悲しい、焦ってる、寂しい、空し
い‥や、またはイライラ、ムカムカ、キリキリ、ドキドキ、ハラハラ、
クヨクヨ、メソメソ、ハァ‥、ポッカリ‥のような擬音語も含みます。

この言語化も自動的で、いつのまにかそうしてしまったりしますが、
じゃぁそれはいったい何の為なのでしょう? 言葉でいい表わす意味
をちょっと考えてみましょう。

言葉を使うこと=イコール思考を使うことですが、思考を介すること
で、私は前に体験した似たような感情の記憶をたどり、その言葉どお
りにカテゴリー化されている、私の個人貯金の引き出しを開け、過去
の体験と照らし合わせて、問題を解決しようとしているのかも‥。

‥で、それは、やはり言葉の貼付けによって、安心感を得たいという、
ひっそりと隠れている私の動機が見えます。しかしそのやり方でも、
やっぱり停滞感からは抜けきれません。またふりだしに戻るのです。

じゃぁこうなったらもう、その停滞感、沈滞感を感じている時に注意
すべきことはただひとつ‥。頭、つまり思考を使わずに、そしていち
いちわざわざ、それを言葉に置き換えずに、じっとその感覚そのもの
と、しばらくの間、とどまってみるのです。

たとえばそこに怒りが伴っていれば、たしかに胸の奥にはムカムカ君
がいます‥。悲しみが伴っていれば、喉の奥をしめつけるようなキゥ
ーちゃんが‥、寂しさを伴っていれば、何ともいえないザワザワさん
がいます。

‥とと、これも言葉での表現ですから的確ではないでしょうが、云い
たいのは、実際に身体の中で感じられる感覚、動きがあるということ
で、そしてさらにそれを観察していて感じるのは、この感覚、動きそ
のものが一種のエネルギーのようだということです。

で、それから離れず、何もせず、じっと、その動きを眺めながら、身
体の中を通過させてみるのです。

ほら、先日の台風の時、私は台風に対して何かできたでしょうか? 
それと同じで、あたかも台風が通り過ぎるかのように見守るのです。

ぐるぐると渦巻く、自然に起こるエネルギーに、何も手出しはできま
せん。思考で対抗しても結局は無駄なことなのです。しかしそれを思
考のもとに、身体の中に引き止めたままでいると、停滞モードはずっ
と続きます。一時、忘れるようなことはあるかもしれませんが、やは
りそれは残って引きずることになるでしょう。

すると、心身にとってはスムーズなエネルギーの動きがないわけです
から、当然ダメージを与えることになって、バランスも崩れてしまう
でしょう。

ですからもし今度、そういう停滞モード状態に気づいたら、それをそ
のようにじっとよく見てみてください。それを見ているうちに、それ
がフッと消え失せる、そこから吹っ切れる瞬間に会えるのです。

私の場合、通過の時には呼吸が大きくなって、息をフンーーっと吐き
出したり、ちょっとした身体の自然な動きが伴います。まぁ、みなさ
んも、自然体でどうぞ。

ただし「フッと消える」のを期待や想像してはいけません。それでは、
またまた思考の介入で、ふりだしに戻る、のゲームをすることになっ
てしまうからです。

思考のワナに注意していれば、誰でもそのように沈澱したエネルギー
を自然に解放し、おしまいにすることができるのではないかと思いま
す。それには何よりそれに寄り添うための、独りの、ゆとりの時間も
必要でしょうが‥。

気分のよい時は高気圧で、よくない時は低気圧だとしても、それは別
々の異なるものではなくて、根っこは同じエネルギーの流れで、つな
がってます。いきいきわくわく!だと、私たちの思考にとって今まで
の経験上、受け入れやすいだけで、どよよ~ん‥だと思考が条件反射
的に抵抗してしまう、クセにすぎないかもしれません。

そんな思考に舵をとらせるのではなく、波が高くても低くても、自然
な流れで、無理なくスイスイ~っといこうではありませんか! 

で、もしもまたふりだしに戻ったら、あなたは勇んでサイコロを振ろ
うとしているその手を、休めなければなりません‥。

 
それでは、またお会いしましょう。