ゆるむるぅむ ~ yurumuroom

 

梅雨明けももうすぐ? ここ数日は暑かったり、蒸したり、ひんやり
したり、ごろごろ、ざぁざぁ、または、あ~降りそう‥でも降らな~
い‥とか、とぉっても変わりやすいお天気‥。

でも夜はわりと晴れていて、静かで、まださほど暑くもないので、電
気を消して月を見てたり、夜風に当たりながら、まっくらやみの中で
ボー‥とするにはちょうどよい季節。これがすごく落ちつくのです。
が、油断してると、じわーと身体が冷えてしまったりすることもある
ので気をつけましょう。

さて、ついこないだのある日のこと。たまたまある場所で流れていた
ラジオから、ふと「意識の共有、ビジョンの共有はできるのでしょう
か~?」という声が聞こえてきました。その番組ではちょうど北海道
で行われていた、あの会議についてふれていたようです。

できる? できない? ‥世界はどちらだと思いますか? 

実はその時、即「できる」と独りごちてみたのですが、ん? ちょっ
と待て。会議はもちろん、ラジオ、テレビ、道ばたで、ああだ、こう
だと議論する前に、他にもっと根本的なことを見逃してるのではない
でしょうか? 

なので、今回はそれをいっしょに見ることができるれば‥と思います。
(この『ゆるむるぅむ』も、ここ最近はすっかり『らでぃかるぅむ』
な感じですね。でも毎回、真剣に書いてますよ〜。)

まず、そもそも<意識>って何のことか、おわかりでしょうか? 意
識するとか、無意識に‥など、日常的によく使われる言葉ではありま
すが‥。

ラジオで話されていた “意識やビジョンの共有” ‥というのは、言い
換えれば「一人ひとりの考え方の共通性」ってことですよね? 

ですから<意識>というのは、個人の考え方や見解、つまり<思考>
に深~く関わっているということが解ります。

そしてその<思考>というのは、周りのものごとに非常に強く影響さ
れながら形成され、蓄積されるものだというのも解るでしょうか?

ちなみに辞書で<意識>を引くと、主に「物事や状態に気づくこと。
認知・感知・知覚。自覚。」という意味が記されていますが、さてど
うでしょう? 今世界にある多くの問題や歪み‥それに気づいている
から話し合っているはずなのに、何がその行方を妨げてしまっている
のでしょうか?

皆それぞれが自分や自国を守り、権利や利益を主張し、駆け引きして
いるのでは、同じ方向を向くことはできません。当然、そこで共有で
きるものは一部分でしかないでしょうし、全体的な変化にはほど遠い
ままなのです。

だからホントの問題は、もっと別の場所にあります。それを知るには、
わたしたち一人ひとりが自分の<意識>や<思考>の中身を調べなけ
ればなりません。

ん? なんでそこに飛ぶの? ‥なぜなら、国や社会と呼ばれている
集合体というのは、個人の集まりと、そこへの同一視によって形成さ
れているからです。

ですから、まず何よりも先に、わたし自身、何が心配で、何が恐くて、
何から身を守ろうとしているか、何を避けようとしてるのか‥という
心の動きをほんとうに理解して、その個々の恐怖を片づけてしまう必
要があります。

それを実際に、本当にじっくり深~く深~く探っていくと、その奥底
には孤独の‥淋しいと思う気持ちがないですか? で、もっとさらに
奥へ突き進んでいくと、何だか自分だけではどうしようもないような、
きつく縛られ、ロックされた固まり(それは別の時にもっとくわしく
話せるかもしれませんが‥)があります。

しかしそのように精神が真に自由でないのなら、誰にも全体を思いや
ることのできる愛をもつことはできません。

そして、気をつけて下さい。あなたの<思考>は周りに影響します。
つまり、<意識>の流れというのは、すでに皆が共有しているものな
のです。

それを例えると、みんなが共有し、使っている川のようなものです。
思考的風潮‥流れがあり、流されやすかったり、流れを押しとどめて
いたり‥。でも、その見えない川の流れにこそ、気づくことができる
でしょうか?

現在のわたしたちが使っている意識の川は、古く腐った数々の異物が
流れに淀みを起こしています。わたしたちはそれを取り上げ、浄化す
る責任があるのと思うのですが‥。
 
ザッバーン! ジャブジャブ!

 
それでは、またお会いしましょう。