ゆるむるぅむ ~ yurumuroom

 

どしゃ降りスコールの数日間の後に、夏の日差しが戻ってきました。
先月はもぅいいです~〜‥ぐらいにミンミンジージーと騒がしかった
蝉たちもめっきり数が減って、うら山の楽団は今、りんりんりん‥ぴ
ちくぱちく‥と、穏やかな音色を聞かせてくれています。

日が沈むともうすっかり涼しいので、夕方からのお散歩はとても気持
ちがいいです。たま~に通りかかる公園には、きれいなブランコがあ
り、子どもたちは家に帰ったあとなのか、いつもだぁれもいないので、
ひとりできぃーきぃーとまじめにこいで遊びます。

ういんぅいんと揺られながら見上げると、頭上にはおっきな樹木があ
ります。風が枝をわさわさ揺らしている時には、自分も風になった気
分になったり、ある時は、その木の茂みに巣があるのか、辺りをチチ
チチと飛び回っているすずめさん達と友達気分になったり‥。

こないだはあまりに夢中になってブンブンこいでいたら、後ろにある
フェンスに足が引っかかりかけて、ヒヤっとしました。きっとこども
の背丈なら平気な距離なのでしょうね‥。気をつけよっと。

さて、最近いろいろな方と真摯にお話する機会が、少しずつ増えてき
ました。一時期、言葉を使って話したり書いたりすること自体に疑問
を持ったこともあるのですが、今は、対話することというのは人との
直接的な関係であり、お互いのコミュニケーションを深めるこができ、
何よりもそれまで知らなかったことを一緒に深く探ってゆくことので
きる、すばらしいものだと感じています。

日常、わたしたちは手軽で、楽な、表面的な会話や関係というものに
慣れてしまって、またそれを維持しようとさえするものですが、実は
誰もが皆、まだ探りきれていない自分の感情や、時々現れては消えて
しまう人生への疑問のようなもの‥、その深みの存在に、少なからず
気づいているのではないでしょうか?

その気づきというのも時々やってきます。楽しいときやうれしい時は
ほとんど感じることはないのですが、何か辛いことがあった時、苦し
い状況にあったり、行き詰まり感をおぼえた時、その深みは現れます。

それは何なのでしょうか? それを感じた時に、いつもどのように応
じていますか? 早くそこから抜け出そうと、他に楽を求めて、また
表面上へ浮かんでいくこともできます。残念なことに、巷のいわゆる
<リラックス>というのは、このことになってしまっているのですが。

そのような経験は、みなさん日々、多々、くり返してあるはずです。
ではそのくり返し自体に疑問を感じて、その深みは一体何なのか探っ
てみたくなったことはありませんか? 

「別にいいじゃん、そんなの‥」という方は、ここで終わってもらっ
てぜんぜん構わないのですが、そうではない方のために、話しを続け
たいと思います。

暗く、重い、その深みには、一種の『挑戦』が隠されています。

そこは、ほんとうに息が詰まりそうに辛いのですが、そこにとどまり、
目を見開き、それをしっかりと注意して見ることを要求されているの
です。

ん? 誰に要求されているのか? ‥「私」ではありませんよね?
「私」は楽したい、逃げたい、早く終わらせてしまいたい‥。でもそ
うした行動は、結局何も終わらせることができずに、また同じような
ことがくり返されるだけです。

なのでそれは「私」や「自己」といったものではないものからの要求
です。しかし実際にその深みを感じ受けとめるのなら、誰からの要求
かというのは、むしろ問題なくなり、それは自然から生じるものであ
るのがわかるでしょう。

その深みが何なのか完全に理解するには、それを感じる度に、何度も
何度も、その挑戦を受け続けるしかないのですが、「注意」するには
純粋に、大変なエネルギーが必要です。

今までもこの「ゆるむるぅむ」でエネルギーについていくつか書いて
きましたが、自分のエネルギーの流れ‥それを思考や行動によって浪
費していたり、分断、停滞させていないかも調べてみてください。

もし、その過程で何か困難を感じたら、また「らでぃかるぅむ」でで
も一緒にお話ししましょう。

 
それでは、またお会いしましょう。