ゆるむるぅむ *note

 

::: sensibility ::: 

 
感受性が高いとか、あるいは鈍感だといっても

それは相対的にしか計れないことなので、

自分がどうであるかは、人に指摘されるほかは

まぁ何となくしかわからないものですが、

この感受性、少し云い方を変えてみると、それは

「気配を感じる能力」

のようなものではないでしょうか?
 

気配?

辞書に載っている「気配」は、

『はっきりとは見えないが、漠然と感じられるようす』
 

ついでに wikipedia もかいつまんでみると‥

『 元々の語源は漢語ではなく、和語。
  気(け)+這(は)うの名詞形である「けわい(けはひ)」に由来。 
 ・何となく感じられる様子
 ・具体的に、聴覚・嗅覚・触覚として感じる様子
 ・人の言葉や動作といった物腰から受ける人柄や品位のこと
 ・既にそこにはないものの面影や名残、影響などのこと 
 
  英語表現では、「徴候」を指す名詞で sign, indication、
  五感により読み取るという意味で
  sense という動詞で表すこともあるが、
  何となく感じられる様子‥ という概念を表す簡潔な語はない 』

‥とのこと。
 

つまり古代日本では、

ぼんやりと漂っている、感じられる「気」のことを

それなりのものとして言い表そうしたというわけで、

となるとこの「気配」、何だか奥深い言葉です。
 

それに本来、感受性が豊か、敏感であるということは

同化感情に振り回されたり、受ける感覚に大げさに騒いだり、

びくびく怯えたりするといった類のことではない気がします。
 

もしも感受性を磨きたいのなら、

もっと自然と触れ合い、自然の中に身を置き、

自然が生み出す声を聞きましょう。

それはいわば、野生的な本能でもあるのですから。
 

特にこどもたちは外でたくさん遊びましょう。

不意の出会いに満ちみちているのが自然です。
 

人工的なものに囲まれすぎていては

感受性はたやすく霞んで、消えてしまうことでしょう。