::: human disease :::
毎日、ニュースを見るたび、胸の奥がずぅぅんとします。
すごく遠くでのことでも、すぐ近くでのことでも、
起きてしまったこと、あるいは今なお進行中のこと、
見るたびに、ああ、どうしてそうなってしまうのかと
目の奥と、のどの奥が、きゅるきゅると熱くなります。
それでも気を取りなおして、
そこにいるであろう人たちの気持ちに思いを馳せます。
もし敵対し、戦っているのなら、その両方の気持ちに。
もしどちらかが加害者で、どちらかが被害者である時も
その両方の気持ちに。
そして、その両者、私たちをとりまいている環境にも‥
私たちの張りぼての心が、人間の災いのもとなのでしょうか?
思想という衣装を纏い、それを鎧のようにまで着込むと
どういうわけか、皆好んで ‘着たきりピープル’ になるのです。
思考、思想のアイテムというのは、ものすごく多種多様で、
いつでもまっさらで清潔なものに着替えが可能だというのに。
むしろ、服を着ていない人に出会うと戸惑ってしまうほど、
裸になれば皆だいたい同じということが、いつの間にか
すっかり忘却の彼方になってしまっているのです。
恨みや憎しみは、‘着たきり’ たちの間で伝わり、連鎖します。
そのような連鎖、幻想に費やされるエネルギーを断ち切るには、
裸にならなければなりません。
人前で裸になるには、もちろん勇気と覚悟がいるでしょう。
しかし深い慈しみもまた、人をおのずと裸にさせるのです。
この勇気と覚悟、慈しみこそが、ほんとうの強さなのだと
私たちが知ることができたら‥