ゆるむるぅむ *monde

 

+ R +

 

テーブルの前に立ったおじさんは、ぴたっと一瞬止まった。次に、大きな声で

「Coca?」

そう聞き返してきた。
 

ん? オレンジジュースを頼んだんだけどな‥。オレンジジュースはフランス語だと jus d’orange / ジュドランジュ。それがなぜにコーラとなって返ってきてしまうのかといえば、まぁこちらの発音が悪いせいなのは明らか‥なのだが、しかしその時は身体がどうしてもフレッシュなビタミンCを欲していたし、それに、こ、今度こそは妥協しないでコーラじゃないものを‥!という、咄嗟の決意もあり、
 
「ノンノン! ジュドォラーンジュ‥ オーランジュ‥ オーレンジ‥ オレンジジュース‥(もうだんだん英語風)」

と立て続けに云ってみたら、
 
「Ah〜、Orangina!」

(それ? たぶんちがうな‥ でもま、いいか‥)

「う、うい、シルブプレ‥」
 

さわやかな秋の午後、まぶしく日が差し込む店内の丸いテーブル席。そこへおじさんが運んできたのは、かわいらしい小ぶりのガラス瓶に入ったオランジーナとグラスだった。まだ日本では売られていなかった時代である。初めて口にしたそれは、飲みたかった果汁100%ではなかったうえに炭酸入りだった。とはいえ、一応はオレンジジュースである。それにファンタなんかよりはずっと濃くて、乾ききっていたのどにちょうどよい具合でしゅるしゅると馴染んでゆき、それなりにおいしかった。
 

そんなどさくさまぎれのオランジーナ・デビューを果たしたのは、パリから北西に位置するノルマンディ地方の Rouen / ルーアンという街だった。そこにある語学学校へしばらく通う予定で、前日にやって来たばかり。で、まずは観光を‥とその日は朝から中心地をうろうろし、モネにも描かれたことで知られるカテドラル(大聖堂)の裏手をぐるっと回り、それから少し進んだあたりで見つけた小さなカフェでのことだった。その時のおじさんとのぎくしゃくとした小さなやりとりは、まるでフランス滞在を始めるにあたっての最初の洗礼だったかのように記憶している。
 

フランスで暮らしてみようと決めてから、渡航までの準備期間中は休みの日などに東京の仏語学校に通った。そこでは過去形や未来形などの基本文法までは習得していたが、実際の会話力‥これに関してはやはり現地で話すことでしか身につかないだろうと感じていたこともあって、発音についてもさほど気にしていなかった。しかし意気揚々と再び訪れたフランス3日目に、たかがオレンジジュースというのが通じなかったことで、あっけなくヒュルルーンとふりだしまで吹き飛ばされてしまったような気分になった。つまり、ちょっとショックだったのだ。
 

フランス語での<R>の発音は、日本語にはない。これはベロ先を下に巻き、下あごに付ける感じで発声する。そうやって試しに「らりるれろ」と言ってみると、かなりフガフガとした空気の混じった感じの濁音になるのがわかるだろう。だが、それでいいらしい。遠慮せずに空気といっしょに吐きだす感じで、場合によっては「はひふへほ」がちょっとゴロゴロした感じにも聞こえるぐらいでちょうどいい。
 

が、これがまぁ難しくて、単語にこの<R>が混じっているとうまく発音できず、まさに初っぱなから、その後もかなり長い間苦戦した。また昔ほどではないとはいえ、今でも油断すると時々あぐあぐと口ごもってしまうこともある‥というのはさておき、あの最初に<jus d’orange>を注文した時には、おそらく口の中でベロ先が完全に上を向いてしまっていたのだろう。おじさんは強調された「ドォラ」の部分を聞き取って、コーラだとと思ってしまったのではないか‥。そして、フランスではコーラを「コカ」と呼ぶ。
 

ではそんなの状態で、なぜ当初パリからこの<R>付き Rouen / ルーアンへ移動するための電車の切符を難なく買えたかというと、サンラザール駅の窓口で、「ルーアン行きを一枚ください」と棒読みで云いつつも、念のため用意しておいた Rouen と書かれたメモをちらりと見せたからだと思う。窓口のマダムもそれをすぐさまフムフム‥と覗き込んでいたし、たぶん当時の発音では、全く通じていなかっただろう。
 

通い始めた学校で、このR発音がクラスの中でも際立ってダメだったので、居残りをさせられたこともある。授業の終わりに先生からそう名指しで指摘されると、一人ぽっちじゃかわいそうだと思ったのか、オーストラリア人のカトリーナが、「わたしもいっしょに受けます!」と云ってくれて、じーん‥と感動した。
 
「ありがとう、カトリーナ」

「ううん、わたしも◯◯の発音が悪いから練習したいの」
 

その補習というのは、広い部屋に二人別々で座り、それぞれヘッドフォンを頭に付け、延々と流れるテープを聞きながら、それに倣って自己発声練習する、オーディオなんちゃらというものだった。機材の説明だけすると先生はすぐに退室してしまい、仕方なく、聞こえてくる単語や文を時々ぼそぼそっと口にすると、ちょっと離れた席にいるカトリーナのぼそぼそっという声も聞こえたりして、どうも今一つ身が入らないまま、とりあえずお終いまで聞き終わると、自分たちでスイッチを切り、互いにちょっぴり照れた笑いを交わすと、受付にいた先生に「もう終わりました〜」と告げて二人で帰ったのを覚えている。
 

あと、誰にも云ったことはないが、それからしばらく経った後も一度だけ、授業の後で先生にこっそりと「あのオーディオなんちゃらをまたやりたいんだけど‥」と申し出て、自分から居残りをしてみたこともある。先生は「Rのね!(お見通し)もちろんいいよ!」とちょっと待たされはしたが、カセットみたいなやつを持ってきてくれた。また前と同じだだっ広い部屋で、ひとりだけ。しかし誰も居ないとはいえ、部屋が広すぎて、やはり声を出すのはなんとなく照れてしまうのだった。
 

ところでこの語学学校なのだが、今思い返してみると、授業の進行や質についてはまぁともかく、規模は実にこじんまりとしていて、アットホームな雰囲気も、高い天井や白い壁もなかなかシンプルで、椅子やテーブル、備品などは全然おしゃれではなかったが、空間そのものはけっして悪くないところだった。毎日通うのがとても楽しみ!というのではないが、抵抗なく通えたように思う。
 

講師陣は、牛乳瓶の底のような厚いメガネをかけたやさしい声のカトリーヌ、ブルターニュ出身で青い目を自慢していたステファン、ベリーショートで小柄でちょっとおっちょこちょいのアンヌ、ヒョロヒョロと痩せていていつも服が黒で演劇もやってるというロランの4人だけ。あとは、受付経理事務の黒髪の美女ファティマに、ふだんほとんど見かけないグレーヘアの校長のマダム。ちなみに、ステファンとアンヌは公認の恋仲だった。
 

日中の通学コースは上級/中級/初級の3クラスだけ。全て午前が基本で午後はなし。生徒のほぼ半分は日本人。でも他のみんなはいろんな国からやってきていて、短期の人も含めると同じクラスになった人たちは、イギリス、オランダ、オーストリア、ノルウェー、スウェーデン、ロシア、スペイン、イタリア、タイ、韓国、オーストラリア、アメリカ、アルゼンチン、ベネズエラ..とさまざまだったが、中には仕事を持っている人もいて、だいたい皆授業が終わるとパパァ〜っと散って帰ってしまうのが常だった。
 

到着したばかりの頃は秋だったが、すぐに寒くて長い冬がやってきた。Rouen の街はたちまちどんよりとした灰色の空に覆われ、ノルマンディー地方特有らしい、しとしととした小雨混じりの日々が多くなり、空気も、立ち並ぶ木組みの壁も、石畳の道も、景色はいつもどことなくしっとりとしていた。
 
 
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