+ Chez l’épicier +
その日は、たしか日曜日だった。Paris ではほとんどの店が閉まり、特に郊外なんかにいるとその静けさというのはことさら増して感じられたものだが、さらにその日は、何気に気分がとても落ち込んでいた。特にする予定もなく、誰との約束もない日曜日。自分で決めた場所に移り住んで数ヶ月たったが、なんとなく毎日が繰り返しのように思えて、退屈‥といえばそうなのかもしれないが、何かもう少しこう、ずんと重い感じ‥。将来というか、先もあまり見えない虚無感のようなものにやられてしまっていた。加えて天気もパッとしない雨の後の薄曇りで、まったく冴えない空模様だった。
アパートメントの自分の部屋で、午後の大半までモソモソぐだぐだと過ごしていたが、窓から見える空にすこし光が差してきたタイミングで外に出た。そのままでは貴重な一日が腐って終わってしまいそうな気がして、そのほうがやりきれないと思ったからだ。
とりあえず近くの大きな公園に向かってズンズン歩いて行った。発散しきれていない変なエネルギーが体の中に溜まっているのがわかった。むしゃくしゃしているようで、同時になぜか悲しかった。周りの世界から、ひとり置き去りにされたような気分だった。
公園のベンチに座って、イヤホンで好きな曲を何曲も聴いた。それでもいまいち気分は晴れずに、仕方なくまた歩き出した。時間はあるのでとにかく歩きながら、そうだ、いつも通ったことのない道を行ってみよう‥と行き当たりばったりで進んでいった。景色はいつもの界隈とたいして代わり映えしなかったが、歩きながらいろんなものに目を留めていれば、すこしは気がまぎれる‥、いや、ただそう思いたいだけかも‥、そんなうっとおしい思考ループにも捉われた。
暗くなり始めたので帰るために進行方向は変えながらも、まだその重いものは消化されないまま適当に歩いていたら、開いているアラブ系の小さな食料品店が一軒あった。そういう店は日曜も関係なくやっていることが多いのだが、目を奪われたのは、その軒先に並んでいた野菜や果物のいろんな色だった。ブルーの日よけテント、木箱の中のズッキーニやトマト、パプリカ‥、中でもちょうど旬だったのだろう、たくさんの小さくて赤いフランボワーズや、黒く光るマルベリー、紫のブルーベリーたちが、15センチ四方ほどのかわいらしい紙箱に盛られ、小ぎれいに並べられているのを見て、自然と足が止まった。
「こんばんは〜」
すぐにマグレブ系の顔立ちをした背の高いお兄さんが笑顔で店の中から出てきた。
「こんばんは‥。あのぅ、これ、おいしいのかな?」
フランボワーズの箱を指差して聞く。
「おいしいよ! 食べたことない?」
「ない」
「じゃ、試してみなくちゃね」
と、最初の笑顔のままで、こちらを見ている。
「はい‥ じゃぁ、試してみます。あ、あとこれも‥」
ついでに、枝がついたままのミディトマトを持ち上げて、両方それぞれを茶色の紙袋にいれてもらっているちょうどその時、ぱらぱらとまた小雨が降り始めた。すぐに小銭で支払いを済ませると、バッグは持っていなかったので、そのまま袋をそっと抱きかかえるようにして足早に家路についた。
「このトマトでスパゲティにしようかな! あぁ、生の山盛りフランボワーズ‥早く食べた〜い」と思っているうちに、気分はだんだんとウキウキとしてきた。そして、家についてすぐ、実際にそのフランボワーズを口に含むと、甘酸っぱくてじんわりとしたやさしい味が口いっぱいに広がった。ん〜なんておいしいんだろう!‥とキッチンで立ったまま、パクパクと頬ばった。
箱の中が空になり、食べ終わった頃には、なにか新しいものを発見したような気がして、落ち込みも不思議とどこかへすっかり消えていた。
きっと、旬の果物パワーと店のお兄さんの一言が、あの時助けてくれたんだなぁ‥。そんなことを今年、庭の隅でたわわに実をつけたマルベリーを手を赤く染めながら摘み、プチプチとした食感と甘酸っぱさを楽しみつつ、懐かしく思い出していた。
