ゆるむるぅむ *monde

 

+ Céu +

 

学生ヴィザが切れて日本に戻った後は、やはりどうしてもフランスとつながれるような仕事がしたかったので、少々さまよいつつも、どうにかファッション系セレクトショップのバイヤーとして不定期ながらも Paris – Tokyo を往復できるようになり、その会社を辞めるまでの最後の一年は、滞在中の住居としてモンパルナスの近くにごくごく小さなアパルトマンを借りていた。
 

自分で見つけた物件だったが、あまり時間をかけれなかったのでほとんど即決だった。狭いなりにそれ相応の家賃で、清潔で、家具付き、入居してすぐ生活が始められたのはありがたかったが、地階だったために窓からの景色といえば殺風景で何もない中庭の奥に巨大な壁が立ちはだかるだけで、さらに対角のお隣はキッチン丸見え‥ということはシェードなしではこちらもほぼ丸見え、トイレの古い木枠のガラス窓は微妙に閉まらないので寒い日はどんどんおしりが冷たくなってくるし、部屋の床は味気なくひんやりとした白っぽいリノリウムだったし、食料品などの買い出しはスーパーが遠くて地味にけっこう大変‥とまぁ暮らし始めてみるとそれなりに不便はあった。
 

しかし移動するための立地としては素晴らしく便利だった。Metro でピューとすぐに Paris のど真ん中の Les Halles 周辺、それにモンマルトル、北部のクリニャンクールまでも行けるし、すぐそばの大通りからの市バスも、渋滞さえなければセーヌ河を渡り、ルーブル美術館の脇を通り抜ける95番がお気に入りだった。またサンジェルマンデプレやリュクサンブール公園も近く徒歩圏内で、映画館も周りにごろごろとあって、夜遅くなってもさほど困らない‥そんなところがまさに Paris での生活を実感させるものだった。
 

思えば、子供の頃から郊外に住んできたし、都心で暮らすのはこの時が最初(にして最後かもしれないが)だったから、初めはすごくうれしかったのだが、ひしめきあう建物に囲まれた窮屈な環境の中では、緑や大きな空がすぐに恋しくなった。それに正直、狭いあの部屋の中にいるとだんだん気持ちが滅入ってきてしまうので、毎日、仕事も兼ねがねあちらこちらに出かけていたし、暇を見つけてはよく樹木の並ぶ大きな公園や、車が通らない歩行者だけの橋、ポンデザールまで散歩に行ってそこに広がる空、くつろぐ人々、夜景を眺めたりして気分転換していた。
 

Paris では親しくなるとホームパーティとか食事とか、うちに遊びにおいでよ‥と気軽に招かれたりするのだが、これは大きすぎずこじんまりとした規模の都市である Paris の良さの一面だろう。やっぱり遠いとそれだけで人を招きにくいし行くのも面倒になるものだから。もちろん外食は高くつくから‥というのも大いにある。皆けっこう節約しながら楽しむことに長けていたので、学生だった時からいろいろと参考にさせてもらっていた。しかし、立地は良くともただでさえ狭い上に、さらには仕事の書類や荷物が転がっているような空間だと、人を招くとかの以前に自分があまりくつろげなかったため、ああもっと眺めがよく、もう少し広い部屋だったらなぁ‥と、いつもそこが行き止まりのように感じてしまう中庭の壁を見つめては思っていた。
 
 

Céu は、取引していた卸会社の人だった。担当者としていろんなメーカーや誰も知らないような路地の奥の奥にあるような小さなアトリエを紹介してくれた。彼女と一緒に街を回って過ごしているうちに、仕事以外の話もお互いにだんだんと打ち明けて話すようになって仲良くなったのだが、見た目はけっこう派手なお姉さんだった。背も高く、身体のラインを強調するようなピタッとしたパンツや透けそうなロングのドレス、じゃらりとしたゴールドのアクセサリー、元々長い睫毛にさらにマスカラとアイラインでメイクもばっちり‥。
 

そんな彼女はよく道端でマッチョで厳ついお兄さんたちに口笛を吹かれたり、訪問先でこちらが展示品をチェックしている間、横で男性から誘われていたりもしていた。インターナショナルな人たちが行き交う界隈でもあったからか、時々耳にしたのは、「変わってる名前だね、どういう意味?」という問いに対する「 Céu はポルトガル語で空。Sky よ」という彼女の返事だった。
 

Céu はいつも堂々としていて、さらりとしていて、そして落ち着いた口調だった。同僚たちがふざけたりはしゃいでいても、どこか一歩引いてそれを眺めていたり、静かに微笑んでいたりと、見た目とは違ってわりと物静かな人だった。仕事ではほんとうにサポートが上手で、こちらの要望をよく聞いて、取引がスムーズに運ぶよう気を配ってくれていた上に、手際よく検品やパッキングまでこなしてくれた。こちらに代わって彼女の上司に何かを掛け合う時も、きちっとした言葉で説明し倒してくれたりと、担当が彼女でよかったと度々思ったものだ。
 

ポルトガルの Porto という街で育った彼女は、地元では仕事があまりなかったので、どうせなら‥と憧れだった Paris にやって来たという。とりあえずその仕事を見つけてからはそれなりの生活はできているけど、もっと自分にできることやスキルを増やしたいから、週に3日は夜、コンピュータの学校にも通っているの‥と云っていた。
 

ある夏の日のこと、そんな彼女が珍しくふんわりとしたやさしい感じのワンピースを着ていたことがあった。いつも会うとすぐにこちらもホッとする笑顔で迎えてくれたものだが、その日はさらに満面の笑顔で、よく見ると彼女の後ろに小さな女の子ふたりがもじもじと隠れてこちらを見ていた。
 

「姪っ子たちなの。この夏の間 Paris で過ごすのよ。今ちょっと親たちが出かけていて‥、だからここで預かってるの」
 

ほんとうにうれしそうに、そう話してくれた。その日は特に急ぎの仕事というわけでもなく、リサーチ的な軽いものだったので、しばらくそこで彼女らとおしゃべりしたり一緒に遊んで過ごした。夏は Paris にもいつもと違うゆったりとしたバカンスの空気があって、仕事場であっても誰もそれをとがめることもなく‥もちろん、それは前もって彼女が了承を得ていてのことなのだろうが、とても心地よい時間だった。
 

その後も数回その子たちをそこで見かけた。言葉が通じないので話すというよりも、静かに塗り絵やお絵かきしてるのを横で見てるとか、会うと笑いかけたり、手を振ってバイバイするとかそれぐらいのものだったのだが、一ヶ月ほど経ってポルトガルに帰る日が近いというある日、小さな白クマの人形がおまけにつけられたキャンディーと住所が書かれた紙をもらった。お姉ちゃんのほうが照れながらポルトガル語で話すのを Céu が隣で訳してくれた。
 
「やさしくしてくれてありがとう、大好き」
 

ほんとうにわずかな触れ合いだったのにそう言ってもらい、またそれを幼いながらにきちんと伝えにきてくれたことにじーんときた。なんだか特別な感じだった。同じように Céu を介して「会えて嬉しかった。ありがとう」と伝えてもらうと、屈託のない笑顔が返ってきて、妹とじゃれあうようにくねくねしていた。紙にあった住所は、ものすごく丸っこいアルファベットで書かれていて、解読が非常に難しかった。それでもその後しばらくたった頃、二人に宛ててどこかからポストカードを送ってみたことがあったはずだが、さて、あれはちゃんと届いただろうか‥? 
 
 
ある日、その Paris の部屋でのんびり朝を迎えていると、まだ8時だというのに、ピ〜‥ピロピロピロ〜‥と音を立てて流れてきたのは一枚の Fax だった。そんな時間に電話や Fax が来るのは東京の本社からとわかってはいたが、毎回あまり気分のいいものではなかった。その上、その日は突然何の前触れもなく、日本では不況が広がってきていて会社の財政もおもわしくなくなってきたので、全てを引き払って近くこちらに戻ってくるように‥という唐突で残念な内容のものだった。すぐに折り返し電話で話を聞いたが、自分のミスが原因ではないとはいえ、社員として働いているうちは反論のしようがなく、フリーの道も考えつつも、とりあえずきちんと線引きするために、日本に帰ることを決めた。
 

その頃、Céu とはわりと何でも話せる間柄だったけれど、仕事の時間以外で会うことは全くなかった。当時、彼女はある男性と彼の12歳ぐらいの息子さんと一緒に暮らしていて、いつも忙しそうだった。「彼は仕事で遅い日が多いし、料理だってしないから、わたしが作らないとその子は冷凍食品なんかを食べることになるのよ、そんなのダメでしょ! でもコンピュータの授業もあるし、いつもは無理なんだけど‥。でもほんと云うとこんなのはうんざりなの」と複雑な心境を語っていたこともある。
 

毎回、束の間一緒に仕事をして、終わるとじゃぁまた今度ね‥と別れていたのだが、ついに Paris を離れることになった‥と告げたその日は別れ間際に「まだすぐじゃないでしょ? 電話して」と電話番号をくれた。そして連絡を取り合いながら身の回りの整理もだいたい済んだころに、彼女と外で会うことになった。はじめて出かけたその日は、いつもよりゆっくり、そしていっぱいいろんなことを喋って、笑って、ほんとうに楽しかった。たぶん、そこまで楽しいのがお互いにちょっとびっくりだったし、同時にもう会えなくなるかもと思ってさみしくなった。ようやくほんとうの友達になれた気がしたのに、時間は限られていた。
 

次に会ったのは、日本へ発つ前日の夜だった。こんな状況の時こそ親しみを込めてうちへ招きたかったが、その部屋のことをよく愚痴っていた上に、もう全て片付けも終わってしまっているから何もない。でも翌日は出発なんだから、やっぱり近くのモンパルナスのほうがいいんじゃない? という彼女の計らいで、彼女おすすめのメキシコ料理店に行った。初めてのメキシカンメニューにとまどっていると、今まで食べたことのない豆サラダやファヒータをさらりと頼んでくれて、運ばれてきたワカモレのナチョスをつまみながらマルガリータで乾杯した。
 

「ああ、いつかヨーロッパじゃなくて、あなたみたいにもっと遠いところに移り住んで、違う文化を味わってみたいわ」

「どこに行きたいの? 日本は?」

「夢はオーストラリアね‥。日本? うーん、日本語が難しすぎるわ」

「オーストラリア行ったよ、ちょっとだけだけど」

「ほんと!? なぜか知らないけど、わたしには新大陸のような感じに思えて惹きつけられるの。自然が素晴らしいし、いろんな人種の人がいて、でもモダンな感じじゃない? あとは New York もいいかな、あっちに友達もいるし‥」
 

今思うと、わたしたちはそれぞれがそれぞれなりに、自分の中の可能性のような‥はっきりとはつかめないけれど、深いところでは同じものを探していた‥そんな気がする。実は、内面的に似ていたのかもしれない。
 

そして、そんな彼女のことを思いだす時、決まって浮かんでくるのは、最後のほうになって

「いろいろとありがとう、メルシー」と繰り返していたら、

「ねえ、そう何度もメルシーなんて云わなくていいのよ。友達なんだから‥」

と、ちょっと怒られてしまったことだ。
 
 
 

 
 
 

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