+ Essaouira 1 +
黄土色の乾いた地面の埃っぽいガタガタ道を、文字通りガタガタ、グラグラと揺れながら、エッサウィラへと向かっていた。満員バスの後方座席、右手の窓側で、強い日差しを遮るために金具で吊るされただけのくたびれた黒っぽいカーテン、前方に座るフードやヒジャブで頭を覆っている他の乗客たちと、いきなりガタン!とお尻ごと浮くようなでこぼこに合わせて、一緒になって揺れていた‥。
そもそもかなり旧式のバスだったから、シートは薄っぺらだったし、おそらくあまりサスペンションも効いていなかったのだろう。大きな荷物は全て、バスの上に備えつけられた荷台に載せられていた。そして時々、ふいにキィーと停車しては、何もないような道端で乗客を乗せたり降ろしたり‥。
運転席からはずっと、ラジオなのかカセットなのか、なかなかディープで情緒的な民謡音楽や歌謡曲みたいなものが道中ずうっと鳴りっぱなしだったから、乗り心地はまぁともかく、あれはあれで妙に味わい深い時間だった。観光客的な人は他に誰も乗っておらず、地元民たちが長距離の移動に使うような格安の民営バスで、先ほどカサブランカからマラケシュまで乗ってきた国営のCTMのバスとは大違いだった。
CTMのバスの方は、よくある観光バスのような大型バス。ゆったりとしたシートで高さもあり、荷物は下のバッケージトランクに収める。数時間の長距離移動にはやはり静かで快適だった‥のだが、いつものように窓際に座って、外の景色をじ〜と見ながら、そろそろ人もたくさんいて街っぽくなってきたし、たぶんここら辺かな〜なんて思ったものの、さて、いきなり止まったはいいが、車内掲示もアナウンスも全くなく、でも他に降りていった数人はトランクからもうすでにドサドサと荷物を出してもらっていて‥
ん〜ここでいいのかな‥? ど、どうしよう‥と不安になって、それまでまったく無言で隣に座っていた、茶色だったかベージュだったかグレーだったか‥とにかくジュラバを着て、顔にはシワの深く刻まれたおじさんに、窓の外を指差しながら、
「 ‥ Marrakech ? 」
と聞いてみると、んっと一瞬は不意をつかれたようだったが、そのままほぼ表情を変えずに、すぐに大きくコクリと頷くではないか。
「わ! お、降ります、降ります〜‥」
と、ガサガサアワアワしながらおじさんの前を横切り、一応、降りるステップ手前で運転手にも聞いてみるとやはり頷く。焦り半分、安堵半分、降りてすぐに荷物を取りにトランクの前へ行くと、係の人が手を顔の横にやって傾けるジェスチャーをしながら、
「あは、寝てたの?」
と、冗談交じりに笑って、預けていたバックを渡してくれた。
「 Non, non..」と、苦笑しながらそれを受け取って、少し離れてからバスを振り返ると、さっきまで隣に座っていたおじさんは窓際に移ったようで、様子を伺うように、やはり無表情のままではあったが、こちらを見下ろしていた。少し気にしてくれたのだろうか‥。まぁそんなこんなで、この時から、知らない土地でバスに乗って不安がよぎったら、前もって運転手に目的地に着いたら教えてもらえるよう頼むことにしている。
さて、ほっとして見回したところ、そのバスターミナルはただのだだっ広い広場のようで、マラケシュの旧市街を囲むカスバといわれる城塞の外にあった。その日は移動の日と決めていたので、すぐにそこらへんにいた業者の人にエッサウィラ行きのバスがあるかと尋ねると、あるよ、と、その後1時間足らずで発車予定だったバスを教えてくれ、チケットを作ってくれた‥のがその民営バスだった。乗車まで少しふらりふらりとその辺りをカスバ沿いに歩いてみたが、中には入らずにまたすぐターミナルへと戻った。
マラケシュから走り出すとしばらく雪を冠ったオートアトラス山脈が見えていて、ナツメヤシやオリーブの木々、砂漠もあるような暑い国に、こんなに高い雪山もあるんだなぁ‥とその自然の豊かさが感慨深かったが、それが視界から消え去ると、あとは低木の並び、乾いた大地の埃ぽさの中をズンズン、そしてガタガタと海に向かって進んでいった。結果としては、乗り換えを含んでもカサブランカから7、8時間ぐらい、夕方にはエッサウィラへと無事辿り着くことができたので、まぁ上出来だった。
エッサウィラでもバスターミナルは町外れにあり、一本道をまっすぐしばらく歩いてから、門をくぐってカスバに囲まれたメディナ(旧市街)へと進んで行く。歩き始めるとすぐにいろんな人にジロジロと見られたり、すぐ横をロバが荷を背負って歩いていたり、なんだかんだと声をかけられたりもしたが、とりあえず、長旅のためにすぐにでも宿を決めてバックパックを下ろしたい‥とガイドブックの地図の中で、通り抜けた門から一番近いところにあったホテルへと向った。
入り口の受付みたいなところにいた、感じよくハキハキと答えてくれるスタッフのお兄さんに、今オフシーズンだから修理してたりするところがあるんだけど‥、と前置きされつつ、実際建物の中に入ってみると日を遮る高い壁の内側に薄暗く、ひんやりとしてがらんとした中庭スペースがあって、その回廊に面した2階の部屋を勧められた。その日はとにかくお湯のシャワーを浴びれて、安くても清潔なベットでぐっすり眠れる安全なところなら文句はなかった。
だが、一晩そこで過ごしてみて、次の日にはやっぱり宿替えすることにした。古びてはいるもののターコイズブルーに塗られた内窓の枠や鎧戸、タイルの装飾模様、朝晩の冷えた空気を遮る石榴色をしたベルベットのカーテン。けっして悪くはないのだが、どうやら、そこは北側を向いて位置するようで、中庭以外は朝になっても光がほとんどなく、そして他に滞在者の気配なく、あまりに静かすぎた。オフシーズン事情もあったとはいえ、せっかくここまできているのだからもう少し明るい雰囲気が欲しかった。
そこで次は、大西洋に面したカスバ側あった小さな安宿に移った。ひとり部屋は海側ではなく、外窓もなかったが、清潔で内装全体が白壁で明るかったし、中庭はなかったが、代わりに自由に使えるという、こじんまりとした屋上テラスがあった。岩に当たって砕ける波音が聴こえてきて、潮の香りがして、かもめが鳴き、青空の中をトンビがゆうゆうと高く飛んでいて、横では洗濯物が風にはためいている‥。
散策に出かける前の午前の早い時間、また晩に宿へ戻ってからそこへゆくと、やはり同じように一人旅をしているバックパッカーたちが何人かいて、ドイツからの男性、オーストラリアからの女性とは、二日続けて朝晩同じテーブルに座って、それぞれが旅の途中で見聞きしたことや、たわいないおしゃべりをした。たまたまちょうどその年で一番地球に近づく満月の日だったらしく、空にものすごく大きな明るい月が煌煌と浮かんでいた夜は、なんて素晴らしいんだろうねえ‥と3人で言葉少なめにボぉーとそれを見上げながら、しばらく過ごした。
ちなみにちょうどモロッコではその時期、ラマダン(断食月)の真っ最中だった。ムスリムでない外国人はそれを行う必要はないのだが、実は、現地に行くまでラマダンそのものについて全く無知だった。まず最初に、今はラマダンだから‥と教えてくれたのは、カサブランカで会った Anne-Mie で、その後は、出会ったモロッコの人たちに、それがどんなものなのか聞いてみると、皆くわしくおしえてくれたわけなのだが、これがなかなか大変そうだった。
かといって、まったく食べないわけではなく、ラマダン中の飲食は、日没後、それから夜明け前、つまり太陽が隠れている間に摂るらしい。だからなのか、日中は動きもあまりなく、人の通りもさほどなかった街が、夕刻、日が沈むと同時に、まるで何かの祝祭のように一斉に人がぞろぞろと出てきて、みんなどこかに向かっているのか、それともただの散歩なのか、その小さなメディナにあるメインストリートはほぼ人で埋まり、皆わいわいがやがやニコニコと愉しげに歩き回っていたのだが、ただ地元民でなければ、ちょっと馴染みがたい雰囲気もあった。
だから、そんな混沌とした人波から逃れて静かにのんびりと過ごすのに、夜空に開き、暗闇の中にひっそり浮かぶその屋上テラスは、本当にちょうどよかったのだ。




