+ Essaouira 2 +
もともと、なぜモロッコへ旅したくなったのかというと、始めは音楽がきっかけだった。Paris にいた頃、友達に誘われて、ちょうどブレイクしたばかりという知らないバンドのライブへ行ったのだが、初めて見る不思議な楽器から奏でられる、ウキウキして体が勝手に動き出してしまうような祝祭のリズム、他にも多種多彩な楽器の音色が混在し、加えて歌唱力抜群のボーカルやコーラスの小節の効いた伸びやかな声、かつ琴線に触れられるようなメロウな曲もあったりして、なんというかそれはもう完全にニューウェイヴだった。
即、その会場でアルバムを買って帰り、家で何度も聴きながら後で詳しく知ったのだが、そのバンドは、移民が多く暮らしている Paris の18区で、マグレブ(北アフリカの地中海に接している国々)にルーツのあるメンバーを中心にして結成されたグループらしく、その混成的なオリジナリティから、その素晴らしい楽曲の数々が生み出されていたようだった。
彼らのCDは、ショップではワールドミュージックの棚にあり、それなら他にもマグレブ系の音楽で素敵なのがあるのかな?と、いろいろ試聴してみたり、買ってみたりもしてみて、いくつか好みのものも見つけた。でもいわゆるトラディショナルものは宗教色が強い面もあったり、演歌っぽかったり、時に重たくて退屈、逆にちょっと範囲を広げてみて聴いてみた新しいアラビアンポップスやライは、なんだかギラギラし過ぎてすぐに飽きてくるような感じだった中、やはりあのバンドはかなり個性的だったのだと、今聴き返してみてもそう思う。
まぁそんな感じで、マグレブってどんなところなのかなぁ‥というのはその頃から漠然とだがずっと思いを馳せていた。Paris で友達になったマグレブの人といえば‥、チュニジアから来ていたとても真面目な留学生が一人いたが、彼はいつもかしこまった感じで、共通の話題に乏しかったのもあっていまいち印象が薄く‥、あ、それでもいつだったか、なぜか彼に牛乳 小麦粉 卵 塩、でつくるベーシックなクレープ生地を教わったんだっけ‥。
それはさておき、マグレブ圏の中で比較的行きやすいのは、モロッコとかかな?と、何気にガイドブックを手に取って眺めているうちに、フランス語が通じそうで、海があり、砂漠があり、街にも活気がありげで、写真で見るタイル装飾の建築、そして土着文化にもふつふつと興味が沸きはじめ、さらに音楽もあるのなら‥、これはもう行ってみるしかないな!と思ったわけである。
さて、エッサウィラでの二日目の午後、午前中に見て回ったメディナを囲むカスバから港の方へと出て、とうに荷揚げも終わり、傍にまとめられた仕掛け網やロープ、浮きなどがゴロゴロと置かれたその小さな漁港から、さらに砂浜のつづく海沿いをプラプラと歩いていると、突然、地元民らしき一人の男の人が横に並んで歩きはじめた。
「いい天気だね! どこに行くの?」
「‥。別に、ただ散歩してるの‥」
見ると、頭にはモスグリーンのチロリアンハットをかぶり、髭もなくこざっぱりとしていて、満面の笑みをこちらに向けている。そういえば誰かに似ているかも‥、あ、親戚のおじさん‥。年は、少し上だろうか‥。
視線を頭の先に上げながら、「いい帽子だね!」と云うと、ニコニコとうれしそうに
「あ、これ? 前に会って仲良くなった人にもらったんだ。旅行してた人」
「ふぅん‥(スイスとかオーストリアの人かな?)」
「似合ってる?」
「うん、似合ってるよ」
一応、そう答えてはおいたが、海辺でチロリアンハット? ‥まぁ自由でいいのだが。
「別に散歩してるだけだし、ガイドはいらないから、付いてこなくていいんだけど?」
「暇だから、散歩につきあうよ」
「仕事してないの?」
「 Casa (カサブランカ)で働いてたんだけど、ちょっと体壊しちゃったから辞めて、実家のあるここに一時的に戻ってきてるんだよ」
「ふぅん‥ 休養中?」
「まぁそんなところ、仕事も探してるけど‥」
そんな当たり障りない会話を続けながら、海岸をそのままふたりで歩いていると、最初はずうっと遠くの浜に見えていた、何かを連れてとぼとぼと歩いてこちら方向に向かっているらしきおじさんと、距離がだんだんと縮まってきて、そのうちすぐ目の前までやって来た。「わぁ‥ラクダだ〜 大きい〜」とすれ違いながら見上げていたら、おじさんと彼が挨拶を交わす感じでアラビア語でぽそぽそっと何か話して、すぐに
「乗ってみたい?」とガイドではない彼が聞いてきたので 「え、いいの?」「大丈夫みたい」「じゃぁ‥乗ってみたい」と答えると、おじさんが何か合図をし、横でラクダを前足から順にゆっくりと座らせた。そしてジェスチャーしながら、設えられていた鞍に跨ぐのを手伝ってくれた。
後ろにはなぜか例の彼も座って、いざラクダがぐぅんと立ち上がると、わぁぁ‥結構な高さだった。そしておじさんがぐいっと手綱を引き、わたしたちの今までの進行方向のまま、ゆっくりゆっくり歩き始める。ヒュウゥルとたなびく潮風を受けながら、ポカポカとあたたかな日差しの中で、もうそれはなんとも心地よく、これこそバカンスだよねぇ‥と笑顔になるしかなかった。
少しの間歩いてから、もう満足したので、「ねぇ、そろそろもう下ろしてもらっていいんだけど。おじさんもあっちに行きたかったんだろうし」と云うと、彼は背後から斜め下、少し先で手綱を持って歩いているおじさんに大声で喋りかけ、アラビア語でやりとりしていたが、そのうち「心配しなくて大丈夫だって」と云ってきた。言葉少なのやりとりにこの人たちはもしかして親戚か何かなのかも‥と思ったほどだ。
どれくらいの距離だったろうか、メディナが遠く小さくなるまでその長い長いその砂浜をしばらくずうっと進んでゆくと、波打ち際から結構離れた海の中から顔を覗かせるくずれた要塞の名残りのような巨大な岩状の塊があって、「あそこに行くんだって!」と指を刺しながら彼が云う。
そして、彼の代わりに今度はおじさんがラクダの後ろに乗ると、本当にそのままジャバジャバとラクダは長い足をぐいぐいと海の中に踏み込んで進んでゆく。そのうち、ちょっと泳いでもいるような‥? もちろん私たちはラクダの背の上でまったく濡れることもなくその岩へと辿り着くことができた。ラクダからよじ登って岩の上に這い上がると、おじさんとラクダはまた砂浜へと戻り、次に彼を迎えにいった。そんなふう時間をかけて二往復すると、あとは浜の上で悠々のんびりと座っていた。
「ラクダ、平気かな〜?」
「大丈夫だよ。天気もいいしすぐ乾くんじゃない? 夏の間はこうやってこの岩の上で日光浴とか、ピクニックしたりする人とかもいるんだって」
「へぇ〜」
「そういえば、ここらへんに有名なミュージシャンが滞在してたことがあるんだよ、えっとなんて名前だったかな‥? ほら、エッサウィラは Gnawa 音楽で有名だからね!」
ザバッ‥ザブッ‥と打ち寄せる波音と、潮風の他には何もなく、静かな辺りを見回しながら、そんなお喋りをしてのんびりと束の間だがくつろいだ後、彼がピュィ〜と口笛を吹いて二人で手を振ると、さっきと同じように海の中を渡っておじさんとラクダが迎えに来てくれた。そしてまた同じように一人づつ順番に二往復‥。こんなに親切にしてもらって、なんだか悪いなぁ‥と思いつつ、砂浜に上がったところで、彼に、
「ここまででいいですって、伝えてくれる?」
「え? またこのラクダで帰ろうよ」
「もうちょっとこの辺見たいし、歩いて帰る」
「歩いて!? すごく遠いよ〜!」
「(いや、おじさんはずっと歩いてたし‥)平気。ラクダがいいならどうぞ乗って帰って」
「う〜ん‥わかった! じゃあ僕もつきあうよ!」
「そう‥、別にガイドはいらないんだけど」
「うん、わかってる。散歩でしょ」
実はその日の午前中、メディナにあるお店でたまたま雑誌のジャーナリストだというフランス女性に出会ったのだが、彼女はここエッサウィラが好きで何度も来ていると話すから、お勧めの場所を聞いてみたところ、『観光地ではない、小さな村と自然の残る海岸エリア』がある‥と教えてもらっていた。彼女にとって、『小さな宝石みたいな場所』なのだという。持っていたガイドブックを見てみたが、もちろん載っていなかった。
方角、距離感、それから、ガイドではない彼がさっき云ったミュージシャンが‥のくだりで、そこが偶然にもその場所であることに気がついたのだ。そこをとても気に入って、ある期間しばらく滞在し、Gnawa 音楽や自然そのものにインスピレーションを受けながら創作活動をしていたのだという。
ならばぜひ、その界隈を自分の足で歩いてみたい! そんなわけで、おじさんには直接、「どうもありがとうございました! とても素晴らしかったです!」とお礼を云ったが、やっぱりちゃんとは通じてないようで、目の前のおじさんはやたら笑顔で頷くだけだった。あとは横にいた彼に「ここに住んでいたミュージシャンって誰だったか、聞いてみて」と頼むと、彼からの質問の後、おじさんの口から唯一聞きとれたのは、
「ツェッペリン」
その浜の向こうの林の奥に滞在していた家がまだあるはずだ‥とのことだった。ほぉ、なるほどなるほど‥。よし、それじゃあさようなら!‥とそこを後にしようとすると、
「あ、ちょっと待ってて‥」とガイドではない彼が云う。そしておじさんと一緒にススーとやや離れてゆき、何やら話し始めたが、すぐに戻ってきて、
「×× DH(ディラハム)ある? 片道だから少しおまけしてくれるって‥」
「は? 今小銭しかないよ。‥って、あなたお金かかること、最初から何も云ってなかったじゃない。途中で一度止まってって云った時も‥。それならそう、云うべきだよね」
‥ああ、やっぱり、あれは親戚のおじさんでもなんでもなく、観光客向けのラクダだったのか。浜辺でラクダ‥体験した後では全く悪くなく、むしろとても楽しかったわけだが、いや、ここは砂漠ではないし、もし最初に有料なのだと知っていたら、あの時乗っていただろうか‥? だとしても、ちゃんと値段交渉もできただろうし‥。とはいえ、こちらも迂闊すぎた。しかし問題は‥
「嘘ついてるんじゃなくて、ほんとうに今そんな現金持ってないから払えないんだけど‥」
そう返すと、彼はまたおじさんのところに「あぁ、どうしよう‥」と顔をひきつらせて重〜い足取りで戻ってゆくとあれこれ言い訳しているようで、すぐにおじさんの表情と声からも、かなり怒られているのがわかった。ただ、その矛先は彼に対してだけで、こちらにはほとんど顔を向けてこなかった。おじさんだって、ある程度はちゃんと説明されていると思っていただろう。
そうこうしているうちになんとか話をまとめてきたようで、戻ってくると、
「じゃぁメディナに帰ってからATMに行ける?」
まぁこれだけの長時間おじさんもラクダも付き合ってもらって、海も渡ってもらって、料金の請求は当然だろう。だから、ラクダに乗ったことは、相場より高めの Taxi ということで内心収めよう。が、とにかくただ一点、腑に落ちなかったのは‥
「あなたも一緒に乗って楽しんだんだから、あなたも払わないと。ガイドじゃないんでしょう? それともガイドのつもりなら、やっぱり最初にちゃんと説明してもらわないと。それに一人で ×× DH は高いよ。半分なら払うけど?」
そう渋って見せると、彼は痛いところを突かれたようで一層困り果てていたが、でもまぁせっかくのバカンス気分をこんなところで台無しにしたくなかったので、最後には支払うことに同意した。はっきりした金額は思い出せないが、いわゆる観光客相手の料金で、泊まっていた安宿の一泊分より高かったと記憶している。が、これがもしベストシーズンの往復だったらどうだろう‥。半日のエクスカーションツアーなわけだし、もっと高いのかもしれない。
そんなこんなで、おじさんとラクダとは一旦そこで別れて、気を取りなおしつつ、再びガイドではないその彼と共に、例のインスピレーションエリアの散策をした。そしてそこがまだ手付かずの自然の残るほんとうに静かなところで、あのジャーナリストの彼女が云ったように、小さな宝石みたいな場所‥であることに納得してから、帰途についた。
夕刻、ようやく漁港近くの海岸へと到着すると、ちゃんと横にラクダを座らせて、おじさんは待っていた。険しい顔のままのおじさんに、彼は「はいはい、今行きますからー!」みたいに挨拶してから、すぐ側の道路に面していた銀行のATMに案内してもらい、そこで必要な DH を引き出すと、彼に渡して支払いを済ませてもらった。おじさんとラクダは、やれやれ‥と云った具合にゆっくりと立ち上がり、また遠ざかってゆく。
ちょうど夕日があと少しで海の向こうへと沈んでゆくところだった。こちらも事なきを得てホっとしたところで、メディナの方へと帰ろうとすると、「ねぇ、こんな綺麗なサンセットを見ないで行っちゃうの‥?」と彼に引き止められた。まぁそれもそうね‥とベンチに腰かけ、そこから大きな太陽が溶けるように水平線のかなたへと消え、空が赤から橙に、そして青と紫が混じり始めるのをしっかり見届けてから、その海岸を後にした。



