+ Koh Phangan 1 +
プシュー‥と車体の動きが停止した。気配で眠りから目が覚め、ボーと座ったままカーテンをちら‥と開けてみる。まだ夜の明けてもいない早朝の青い暗闇で、ポツポツとした明かりの他はよく見えない。ここは、どこなんだろう‥?
ほどなくすると係員さんらしき人が乗り込んできて、声をかけながら後ろの席までやって来る。「Koh Phangan..」と聞こえたので、身の回りの荷物をまとめつつ、熟睡していた Martin を起こして、バックパックを担ぎながらそのバスを降りる。起きているのに座ったまま動かない人もいたので、バスはこの後もどこか行き先があるのだろうが、どうやらほとんどの人はそこで降りたようだ。後ろには、同じようなバスがもう一台止まっていた。出発する時にいた、あのもう一台だろうか‥? ぼんやりと眠気まなこで、舗装されていない地面をとぼとぼと一行の後についてゆく。立てられている看板に、船の絵‥。どうやらその先にある船着場に向かっているらしい。
暗い林のような木立の道を抜けるとすぐ、ほんわりとした明かりの灯る、待合所らしき小屋が現れた。それを横目に通り過ぎようとした時、あ、中のベンチに Frank が座ってる‥のが見えたのだが、自分のグループから離れないようそのまま歩みを止めずに行くと、その待合所に隣接するただの空き地‥というか浜地みたいなところで、ここら辺に座って待っているようにと云われ、皆すぐさまドサっドサっと荷物を下ろして、ひんやりとした砂の上でボ〜と座ったり、寝そべっていた。目の前にある海の向こうの方からゆっくりと空が白じんでくるのを見ながら、ふぅん、じゃぁ待合室にいる一団は、先に到着した鉄道組ってことか‥と思いながら、そのまま横にいる Martin と少しお喋りしながら待った。
Frank に出会ったことは、昨夜バスに乗り込んだ後で彼に話していたから、浜で座りながらすぐに「今あそこに Frank がいたよ」と云うと、「えっ、どれ? どの人?」と興味津々だったが、そこからは見えないので、「後でわかるんじゃない? もしかしたら同じ船かも、たぶんだけど‥」 と答えておく。それから、「バスのエアコンから雫が垂れてきてたでしょ? あれでよく眠れなかったよねぇ‥」と云うも、「そう? 僕のところは全然なかったよ」と怪訝な顔だ。
そこまで乗ってきた長距離バスというのは、小学校の遠足の時によく使ったような大型バスで、それも型の古くさいやつだった。さいわい乗客は少なく、席もかなり余裕があって静かな車内だったが、走り出したあとすぐに気になり始めたのは、フロントガラスの左手内側に設置されている行き先掲示の紙が、なぜかプレートから半分ずれ下がっていることだった。それがずっと振動と共に、ひら‥ひらひら‥として今にも落ちそうなのに、これがちっとも落ちない。いっそのことパラっと取れてしまいさえすればスッキリするのに、そろそろ?‥と、じぃぃーと見続けていても、変わらずそのままゆらゆらしてるだけで、妙に気持ちがわるい。この際、前に行ってエイっと取り払ってしまいたかったが、いや、見なければいいだけ‥となんとか気にしないようにして、窓の外を眺め始めた。
市街を出ると雨上がりの濡れた景色を夕暮れのオレンジ色の光が包み込むように照らした。郊外のあまり目立つものもない茶色っぽい大地を進み、それから日が完全に落ちて暗くなってしまうと、窓の外はほぼ何も見えずに、ただまっすぐ平らな幹線道路を延々と走っているようだった。カーテンを閉めてしまうと、そのうちに眠りについていたが、夜中、肩に冷たいものを感じて目を開ける。どうも頭上にあるエアコンの風が出てくるところから、結露した水が滴ってきているようだ。ぴと‥ぴとっとなんとも不快なので、席を変わろうかと思案しながら、中腰に立って前後の席の上にも手をやってみたが、それらも同じように濡れている。あきらめて、雫がシートに垂れるがままにしつつ身体の位置をズラし、その落下地点を避けるようにして横に丸くなって寝た。
けれど、やはり雫が気になって途中で何度も目が覚めてしまい、体を起こしては服や、シートがびちょびちょになっていないかを確認した。で、ついでに前方の掲示紙の様子も首を伸ばして見てみるのだが、結局のところ、あれはずっとペローンとみっともないままであった‥。ところがなんと、到着時に声をかけに来てくれたあの係員の男性が、降りぎわにそれに気づいたらしく、さささっとまっすぐに挟み直してくれたのだ。ただの紙切れ一枚だが、それが本来の鞘に程よく収まるのを最後に見届けることができたので、内心ホッとした。
自分のバックパックにもたれて浜で座っているうちに、夜は明けた。そして、辺りが完全に明るくなるといよいよ乗船が始まり、皆立ち上がってなんとなく列になりゆっくりと順番を待つ。すると、待合室にいた鉄道チームもぞろぞろと後ろからやってきて、その列に加わった。そこで初めて Frank もこちらに気づいたらしく、ちょっと目を大きくして、「 Hi ! Good morning ! 」と笑顔。「..同じ船なんだね?」「そうみたいだね」。
船に乗り込むと、すぐに横から Martin が肘でちょんちょんっと突いてきて、小声で「うくくく‥ あれが君の Frank ‥」と意味ありげな視線と笑いを投げてよこす。「違うって‥」と返したものの、ほんとうはまた Frank に会うことができてもちろん嬉しい。再会の確信はなかったものの、ほらやっぱりまた会えた感‥。
船は、白くて綺麗な小型のフェリーボートだった。下方中央には、ちゃんと背もたれのある客席スペースが備えられていたが、その上の前方には小さな甲板デッキがあるのに気づき、それがまるで特等席であるかのように急いで陣取りに向かった。さほど広くはないが、船の周りに取り付けられた銀色の手すりのフレームを背に、十人ちょいが輪になるような形でその白い床に座ることができた。チャプチャプと揺れる海の上で、なんだかピクニック気分である。朝のさわやかな空気と日の光が心地よく、もちろん皆、満面の笑みである。
ンボボボボボーとエンジンがかかって、ロープが外されると、いよいよ出発だ。陸地がみるみるうちにどんどん離れてゆく。運良くその日は完全に晴れ渡っていて、それだけで気分は上々、横には Frank。Martin は‥たしか同じくデッキのちょっと離れたところにいたはず‥(あまり覚えていない)、しかし、船がスピードを上げて進み出すと、向かい風がバッババババーッ、水がしぶきをあげてザブンッ‥バッシャー‥、さらにはゥイイイイーーンというよくわからない船からの高音も混ざって、まったく会話不可能‥。そこにいた全員がすぐに喋るのをあきらめ、風と太陽、そして海上でのスピードを感じるに徹した。
本当に雲のない快晴で、空から、そして揺れる水面からも反射してキラめく光線が眩しい‥。が、こんな朝っぱらにも関わらず、だんだんとそれは強烈になってきて‥、うう、ま、眩しすぎる! ‥完全に油断していた。雨季とはいえ、そこは緯度ひと桁の南国‥。デッキに日除けはなく、すぐにサングラスはしたものの、帽子も、日焼け止めクリームも持っていない。だが船上では風に当たっているからか暑さはほとんど感じないし、何よりこの風を切って海の上を滑っていく感じが最高なので、そのままデッキに居座っていた。ところが、島は思っていた以上に遠いようで、なかなか見えてこない‥。うーん、これはUV的にかなりやばいことになるかも‥と、とりあえずリュックからすぐ取り出せた薄っぺらいシャツで、肌の出ている肩、腕、頭と顔、それから足も、それとなく順番に覆いながらカバーしてみた。
そんなこんなで1時間ぐらいしたころ、ようやく大きな島が見えてきた。だがどうやらそれは Koh Samui のようだ。沿岸にはリゾートホテルっぽい建物も並んでいる。つまり、船はまずここを経由してから Koh Phangan へと向かうらしい。船着場に停泊すると、あ、じゃぁもしかして‥と思った通り、そのボートに乗っていた 3/4 ほどの人たちが、そこでガヤガヤドバドバと降りていった。おかげで残ったわたしたちは、余裕のできたデッキや船内をその後充分楽しむことができるようになった。
Samui を出てしまうと、スピードはだんぜん緩やかになって、わたしたちは会話も楽しめるようになっていた。気づくと、Martin は離れたところでタイ人のスタッフらしき女の子と仲良く話し込んでいるようだった。その後、彼だけデッキへと戻ってくると、一枚のカードを見せながら、「ねぇ、宿はここにしてみようよ。いい所って勧められたんだ」。そういえば、宿のことはまだ決めていなかった。ついさっきまで全然喋れなかったし‥。なので、「うん、どれどれ? ふーん‥、別にいいんだけど‥、ちょと待って」と、Frank に宿について聞いてみると、すでに予約しているところがあるらしく、地図をいっしょに見ながら場所を確かめる。Koh Phangan には沿岸部のいたるところにロッジやバンガローのサイトがたくさんあり、 Martin が勧めてきたのは港のすぐ近くだが、Frank の方はさらに南東へ10km以上は進んだところだった。
R「けっこう遠そうだね‥」
F「この本では良さげな感じで紹介されてたから数日の予約してみたんだけど、どうだろう‥君たちの気にいるかはわからないけど、こっちに来てみたら?」
M「いや、僕は今紹介してもらったこっちがいいな。あの子もすごく感じいいしさ‥」
R「‥? 彼女はそこの人なの?」
M「そうだよ」
(‥ということは、客引きのために船に乗っていたということか‥)
R「で、もう決めたって云ったの?」
M「いちおう聞いてみるとは云ったけどさ、でも僕は後で別の地方にも行きたいし、移動しやすいから港に近いほうがいい。君は‥、ま、好きなようにしたらいいけどさ」
と、なんだかツツンとした感じでそこから離れて行ってしまった。もぉ、またソレ‥。しかし Koh Phangan の陸もすでに見えてきているし、とりあえず、どうするかここで先に決めなくてはならない。まぁ、Martin となんやかんやと旅路を共にしてきたのに、ここで突然、ハイお別れ、というのも何だかいきなり放り出してしまうようで気がとがめられ‥。Frank にそのニュアンスが伝わるかどうかわからなかったが、素直に話してみる。
「う〜‥今日は Martin と一緒に行ってみようかな。そもそもわたしたちは初めからあまり何も決めずに、様子を見ながらお互い自由に旅をしよう‥と話していたの。おそらく彼は数日したら島を出て、他の場所へ移動すると思うんだけど、後であなたに会いたい時は‥どうしたらいいだろう?」
「そう‥。僕もここで特に何をしようって予定があるわけでもないんだけど‥そうだな‥じゃぁよければ明日一緒にご飯でも食べようか? どこかで待ち合わせできるかな?」
「そっちに行く。その辺りも見てみたいから」
「来れる?」
「うん、たぶん大丈夫‥」
と、待ち合わせの場所と時刻を決めた。
船は無事に Thong Sala という港に到着した。再びバッグを担いで降りる時にはもう肌がヒリ‥としているのがわかった。シャツで覆ってみていたところ全部が、見事にまんべんなく赤く出来上がった感じである。桟橋を渡ると目の前が駐車場のような広場になっていて、Taxi である 4WD のピックアップトラックがそこで数台待ち構えていた。すぐにいろんな人が声をかけてきたが、わたしたちは、あの Martin と話していた女の子を先頭に付いて行き、端に置かれていた小さな普通乗用車に、もう一人他の旅人と共に乗り込むと、すぐに出発した。少し後ろでは Frank が他のグループと一緒に 4WD Taxi の荷台に上がって座ったところが見えたので、手を振りながら遠ざかる。
ものの5分ほどですぐに到着したサイトは、平らな敷地の松林の中に、木造のバンガローが転々といくつか建ち並んでいた。辺り一帯を高い木々が影となり、照りつける日差しを遮っていてくれて、その濃い茶色の地面には、枯れた松葉がたくさん落ちていた。海はその前方30m ほど離れたところにあり、遠浅の浜辺に穏やかな波が寄せていた。確か、その日はその浜で普通にのんびりとして、裸足で波打ち際をチャプチャプしたり、沈む夕日を眺めたり、併設されたレストランで食事をしたぐらいで、Martin はその後もあのスタッフの女の子を追いかけるようにして仲良さげにしていたので、ひとりバンガローでくつろぐこともできた。
翌日は、朝食をとってから、Martin とそのサイトにあったレンタバイクで島を探検しに行くことにした。半日コースかなんかを選んで事務所の人へ伝えると、「はい、これとそれの2台ね。もし壊したりしたら修理代もらうからね〜」とたったそれだけの説明の後、それぞれ貸してもらった原付バイクにまたがり、エンジンをかけるが‥ んん? あれ、これギア付きだ。ただのスクーターじゃないのかー困ったなぁ‥と手元足元を眺めてる間に、Martin はブビビーーともうどこかへ行ってしまった‥。が、ちょうどそこへ、二人乗りして戻って来たカップルがいて、バイクから降りた後、並んでこちらに歩いてきた。その顔立ちから、んーたぶん日本人‥?と思い(願い)、「あのすみませーん‥ちょっと教えてもらっていいですか?」と、いきなり日本語で云ってみたところ、男性から「いいですよ〜」と日本語が返ってきた。
さらさらっと教えてもらうと、なんとかできそうだったので、動かしてみる。おお、大丈夫そう‥。二人にお礼を云って別れ、少し進んだところで、向こうから Martin が「何やってんのー!?」と云いながら戻ってきた。「だってギア付きなんだもん‥でももうわかったから行けるよ!」。あとはともかく Martin について行きながら走る。ノーヘルメットだから、よけいに風が気持ちよく爽快だ。そして、まずは昨日の港のあった Thong Sala へ。そこは小さな町になっていて、芝生広場を囲むようにいくつかの商店や薬局、銀行が並んでいた。バイクをそこらへんに止め、いくつかの店を覗いて、ジュースを飲んだり、肝心の日焼け止めなどを買う。
それから、Martin が「あっちの山の方へ行ってみようか!」と云い、「いいよ。ついて行くから先どうぞ」とまたブビー‥と走り出す。どこもまったく舗装されておらず、土むき出しで砂埃が舞うような道である。山の斜面を蛇行して、けっこう高いところまで登ってくると、道のボコボコ感もさらに増してくる。すると、ある地点で waterfall → の案内板があり、Martin が合図しながらそこで右折したのでそのままついて行くと、そこからはけっこうな下り坂だった。それも、台風か豪雨のものすごい量の雨水が土砂とともに地面を削りながら流れ、無数の深い溝を残した後でそのまま乾いたような固い道だった。
なんとかタイヤが溝にはまらないようハンドルをきりつつ、お尻を浮かせながらボコボコからの衝撃を凌いでいたが、そのうちだんだんスピードが加速してしまい、地面も滑りやすく、ブレーキも逆に危ない。わっわわわわっ!と、モトクロスさながらに必死になっていると、いきなり視線の先に、人がっ、こ、こんなところを歩いてるー!と思った瞬間、バコッと溝に前タイヤを取られ、ザザザザーーとそのまま後輪と共に横滑りになってこけた。幸い、たいしたケガもなく軽いかすり傷程度だった。それと落ちた際、多少踏ん張って片手だけはハンドルを握ったままだったおかげか、バイク自体も、これならたぶんごまかせるかな‥ぐらいの小さな傷だけで済んだ。
そのまま、んしょんしょと車体を立て直そうとしていると、その向こうから歩いてきていた地元人と思われるお兄さんが、通りすがりに手伝ってくれた。お礼を言うと、バイクのギアを見て、人差し指を立て「この道じゃ1(ワン)!、ローギアで走らなきゃだめだよ〜」みたいに云って、微笑みながら去って行った。そう、ギアが上がりきったままだったので、エンジンブレーキも効かなかったというわけだ。
Martin は、こちらのそんなことには全く気付かないほどもう遠くに行ってしまっていたが、云われた通りに今度は1ギアで、ゆっくりゆっくりとさらにその先へと進んで行くと、程なくさっきと同じような waterfall → の表示があったので右に曲がってみると、すぐに小さな家屋が現れ、その手前の庭先に Martin のバイクが置かれていた。横に並べるようにしてバイクを停めると、家屋から初老の夫婦と思われる二人が出てきた。ジェスチャー込みで「このバイクに乗ってた人は?」と聞くと、「さっき下の方へ、降りて行きましたよ」と身振り手振りで教えてくれる。
ふぅ〜‥と大きく息をはいて、「すごい道だった‥」とボコボコ道を走ってきた様子をまたジェスチャーで表現。二人共、立ったままニコニコして聞いてくれているが、どうやら男性の方は盲者のようだ。少し英語を話せる女性が横で彼の腕を組んで支えながら、横で訳してあげている。
ふと先を見ると庭の傍らに、シンクと水道の蛇口があったので、それを使わせてもらえるか聞くと、もちろんと頷いて微笑み返してくれる。すぐ下にある沢から水を引いているようだ。そこで、手や腕、顔についた土埃と汗を冷たい水で洗い流してしまうと、ようやく気持ちもさっぱりした。振り返ってよく見ると、どうもちょっとした売店を兼ねているようだ。ポスターにあった 7up か何かの瓶入り飲料を頼んで、持って来てくれたそれを受け取りながら、まずは「ありがとう」のタイ語である「コプクン」のちゃんとした発音を尋ねて教えてもらう。女性はカーをお尻につけて云うといいよ、と「コプクンカー」を二人して何度も繰り返してくれた。そのままそこにあった低い壁に腰掛けて、飲みながらおしゃべりを続ける。
「下に、滝があってそこの道から下りれますよ」
「なんかバイクで疲れちゃったんで、ここで休ませてください」
「どうぞどうぞ」
「ここに、一日中ずっといるんですか?」
「はい、彼はここで誰かと会えることを楽しみにしているんですよ。‥どちらからいらしたんですか?(彼からの質問を訳して)」
「日本です。あ、友達はカナダです」
「そうですかぁ、遠いところから‥。日本はすごく綺麗なところだと聞いています。行ってみたいわねぇ‥」
「ここも自然が素晴らしいですよ」
横で会話を訳してもらうと、うなずきながらご主人は本当にうれしそうに、ずっとニコニコしていたが、立ちっぱなしというのは幾分辛いようで、少ししたころ「ゆっくりしてくださいね‥」とご夫婦は中へと戻った。沢の音に耳をすましながら、そのまま座っていると、そよ風の流れが周りで織り合うような、本当に静かで平和な場所だった。それから、家屋の脇に置いてあった空き瓶ケースを見つけたので、飲み終えた後の瓶を自分で収めに行き、そのまま庭先をふらふらとして、植物などを見ていたら、Martin が半裸で濡れて戻ってきた。
「滝と岩場があって、沢でも泳いできたんだ〜。すっごく綺麗だったのに‥なんで来なかったの? 待ってたのに」
「うん、ここの二人と話しながら過ごして、楽しかったから‥。それにまぁ滝は‥見なくてもいいや」
「ふぅーん、あ、そ‥。じゃぁもう行く?」
「うん、いいよ」
少し開けられたままだった戸口から薄暗い部屋の中にいた二人に声をかける。「コプクンカー。彼が戻って来たので、もう行きますね‥。瓶はあそこに置いておきましたから‥」 そしてバイクにまたがりエンジンをかけていると、二人がわざわざまた中から出てきてくれた。さっきと同じ位置に並び立ち、同じように微笑んで、わたしたちが小道の先で左折するまで、見送ってくれていた。
それから、さっきのガタガタ道をローギアのままでブルブル〜‥と気をつけながら慎重に登ってゆく。今度はコントロールもしやすく、転ぶこともなかったが、周り一帯は完全に鬱蒼とした山々だった。あそこでの暮らしは、さぞかし不便で大変だろう‥。でもあのすれ違った男性がいたように、もしかしたらそれなりに往来もあるのかな‥? と後になってから思ったりもしたが、実際のところはわからない。
ただ、思い浮かぶ記憶のひだの奥で、別れ際にあそこで並んでいた二人のたたずまいというのは、もちろんいつまでも穏やかで、やさしく、美しいままなのだ。
