ゆるむるぅむ *monde

 

+ Koh Phangan 2  +

 
山を降りてからはまっすぐ宿泊先のサイトへと帰った。元あった駐輪スペースにそのレンタバイクを並べて返却してしまうと、そのまま自分のバンガローに戻って、高床の入り口に設えられたウッドテラスで、ひとりバンブーチェアに腰掛けながらくつろいでいると、何やら背後で小さく声が聞こえてきた。見ると、てくてくと歩きながら一軒一軒のバンガローに立ち寄り、声をかけて回っている地元のご婦人が一人。首にはタオルを掛けている。
 

ここにも来るのかな‥? と思っていたら、やはり来た。すると彼女は笑顔で

「 Thai Massage ?? 」

ああ、マッサージの宣伝なのね。料金と時間を尋ねてみると、まぁ悪くはない。

「 Where ? 」

「 Here ! Here ! 」
 

えっ、あ、ここで今すぐ‥? ふむ‥、まぁいっか。じゃ、お願いしまーす、とその場で受けることに。本場のタイマッサージはどのみちどこかで受けるつもりだったし、まさか流しの方に頼むとは思っていなかったけれど、せっかくだしね‥。急いで大判のバスタオルを部屋から持って来て、それをウッドデッキの上に広げ敷くと、後は云われるがまま横になったり、座位になったりして、けっこうストレッチのようにグゥイ〜ンと伸ばすような手技の多い施術を受け、30分ほどでそれは終わった。
 

まぁまぁ、こんなものかな!と、お支払いしながら見ると、彼女はさっきと同じ笑顔で
「 Huuu.. hot hot ! 」と云いながら、例の首から下げたタオルで額の汗を拭いている。

「あ、どうぞここに座って休んで行ってください。少しおしゃべりしましょう」

「 Noooo.. I can’t speak english.. 」

「 Me too. さぁどうぞどうぞ.. 」
 

そこに備えつけられていたベンチの方に座ってもらい、二人してつたない英語とジェスチャー&時々メモ書きでトークを試みたものの、当たり障りのない会話にとどまった。しばしの沈黙タイムもありつつ、せっかく地元の人なのだからと、地図を見せながら聞いてみる。

「この島でどこがおすすめですか? どこが一番好きですか? 」

「 Here ! Here ! 」
 

あまりの即答に笑ってしまった。するとちょうどそこにひょこひょこと Martin が戻ってきて、彼のカメラで写真を一枚取ってくれた。まぁあまり引き止めるのも何なので、そのタイミングでお礼を云ってお見送りした。
 

その後は、Frank と約束があるので出かけることを Martin に話すと、彼もそのサイトで働いてる例の女の子とずっと仲良くしているらしく、「そう、じゃぁぼくも彼女を食事にさそってみようかな〜」ということで、それぞれ自由に過ごすことにした。
 

少し早めに出かける。とりあえず車道をゆけば、そのうちバスか何かに乗れるだろう‥と歩き始めると、すぐに一台の 4WD がやってくるのが見えた。手を挙げてみると目の前で止まってくれたそれは案の定、乗合いのソンテウ ( 荷台を改造したランドクルーザー ) で、「 Had Rin 」と行き先を告げると、「はいどうぞ乗って!」と、頭をヒョイっと傾げつつ後ろの荷台へ座るように指示された。そこには縦向きに長いベンチシートがあり、すでに座っていた他のバックパッカーたちに「 Hi ! 」とあいさつしながら上がって乗り込むと、車はすぐに走り出した。
 

海に沿ってゆくその幹線道路‥とはいっても完全に未舗装だし、平面の地図で見ているのとは全く違い、登ったり下ったりものすごいアップダウンで、ボッコボコの乾いた地面を、車は砂埃を巻き上げながら猛スピードで進んでいく。なるほど、これだと 4WD じゃないと無理よね‥と完全に納得しつつ、急にスピードが落ちる時は、向こうから対向車が来ていて、道幅の極端に狭い所では、お互いに様子を見ながらぎりぎりすれ違ってゆく‥というありさま。
 

とはいえ、ほぼずっと高台の尾根道を行くので見晴らしはかなり良く、荷台なだけにオープンエアだし、青空と風、そしてかなりの荒っぽさだがそのスピード感がとんでもなく解放的だった。所どころガタガタ‥ガタン!と揺れまくり、その度にお尻も浮いたが、雨よけをつけるため囲うように張られている細いスチールの手すりにつかまりながら、他の乗客と共に笑いながら進んでいった。
 

Had Rin は島の東側にある最南端の半島で、いちばん賑わっている界隈らしく、たくさんのリゾートサイトやレストランがあった。それぞれの場所の方向を表した木製の立て看板がいくつもあったので、待ち合わせ場所はすぐにわかったし、時間もほどよくぴったりだった。Frank は、ちょうどすぐそばの古本を扱う小さなブックスタンドで英語版のペーパーブックをいくつか選んで買っているところだった。
 

そうして約束通りに落ち合ったわたしたちは、近くのレストランへ行き食事をした後で、まぁるく入江のようになっている浜辺に出て、ひと晩中そこで過ごした。お喋りしたり、波音を聞いたり、星空と月明かりの下で散歩したり、真っ暗な海で泳いでみたり‥。どうしたわけか、会話はそこそこ成り立っていた。まぁ彼は落ち着いてよく聞いてくれたし、もの静かなところもあったりで、どことなく言葉以外にも通じるものを感じられた。
 

夜が明ける前に、彼のバンガローへと戻って、肌に残る海水の塩気を落とすためにシャワーとタオルを借りた。その間にベットにバタンと横になっていた彼は、そのままスースーと寝息を立ててすでに眠りはじめていたので、横でしばらくの間もう少し明るくなるのを待ち、それからメモを残して、そぉ〜っと外へ出た。まだひんやりとした空気だったが、空は木立の上で明るく透き通っていて、コケコッコォー‥と鶏の鳴き声が盛んに朝を告げていた。
 

早朝ではあったが、少なくとももうそれなりに人は動き始めていて、Tongsala の港方面へ向かう、客待ちしていたソンテウもすぐに見つけることができた。「もう少し待っててね」と、その荷台の座席に座って15分ほど経ったころ、他に数名の乗客が加って、車は出発した。朝のまだ埃の立っていない静かな道を、車は昨日以上にすっ飛ばして駆け抜けてゆく。遠くの水平線がキラキラと眩しく、ん〜今日も暑くなりそうだなぁ‥と思いながら、その空気と景色を存分に楽しんだ後、自分の宿泊サイト近くで合図して降ろしてもらう。
 

バンガローへ帰ると、Martin が起きて荷造りしているところだった。

「あぁ、戻ってきた。やっぱり君は Frank と過ごしたいでしょ。僕はこの後島を出て、別の地方へ向かおうと思うんだ。もっと違うところもいろいろ見たいから。どう、いいかな? いいよね?」

「うん、前からそう云ってたよね、もちろんいいよ」

「で、この後君はどうするつもり? Frank は?」

「この島の中で移動しようかと思ってる。今日は別の海岸に行くつもりだから、もしよかったらそこに来てって書いて置いてきた。彼が来るかどうかわからないけど。まぁバカンスは予定通りこの島だけでのんびり過ごすつもりよ、滞在型だね」

「わかった。じゃぁまた君の家で会おうね」

「ボンボワヤージュ!」
 

わたしたちの東京への帰りの便は、予約の時点で違うことがわかっていたので、次に会うのは彼が数日遅れて戻って来くる時というわけだ。ようやくそれぞれの道を行くことになり、互いに完全に自由の身になったわけだが、正直なところ、この島に来てからは Martin ともお互いを尊重しつつもラフに過ごせていたので、 Bangkok で感じたような妙な疲れもなく、気持ちはすでに穏やかだった。
 

チェックアウトしてから、まずは Tongsala の港へ行く。そこでソンテウを乗り換え、今度は北西部にあるビーチ Mae Hat へと向かうつもりだった。手元にある地図に載っていた紹介写真が、長〜く白い砂浜で素敵そう‥と思ったからなのだが、でもまぁ行ってみないと実際どんなところかはわからない。もしいまいちなら、また別のところへ行けばいいだけだ。
 

さて、時間はたっぷりあるので先に、前と同じように町でちょっと買い物をしたり、ATM へ立ち寄ったりとウロウロしていると、あ、やや遠くに Frank が見える。こちらには全く気づいていないので、追うつもりでそっちに向かって歩きはじめたのだが、ん、すぐにそばを通りかかったソンテウに声をかけている‥、あ、乗って‥行っちゃった‥。でもその方角は‥、たぶん北西だろう。
 

急ぐこともない。やや遅れてこちらも別のソンテウに乗り、すでに決めていて Frank にも伝えてあったバンガローサイトへと向かう。今度はアップダウンはほとんどなく、だた延々と森の中を突っ切って行くような、わりと平坦で広い道だった。森は所々暑さをしのげる背の高い木々の影に覆われて涼しく、さわやかで気持ち良い。
 

ドライバーに示されたところで車から降りて、案内板に従ってゆく。目的地のサイトは、まず鬱蒼とした深い森の中を抜けて、そこから海側へと出たところにあった。うすい水色のペンキが塗られた木の壁に、トタン屋根をかぶる素朴なバンガローがぽつぽつと並んで建っていた。オフィスでチェックインを済ませ、自分に当てられた番号のバンガローまで歩いてゆくと、すでにそのひとつ斜め前の小屋のテラスに Frank が座っていた。
 

「 やぁ、ハロー、元気?」「うん、元気だよ〜」と、笑い合う。
 

そこから、バカンス中はずっと彼と一緒に過ごした。そのサイトでは、他にオランダから一人旅できていた同年代の女の子とも友達になったり、あとは島でもう1ヶ月以上暮らしているというちょっぴり年上のオージーのカップルとも知り合ったりしながら、自然の中で、ほんとうにゆったりと1日1日を過ごした。泳いだり、バーベキューしたり、浜辺で語らったり、延々と続く白い砂浜を散歩したり、レンタバイクで出かけて行って近くの山をトレッキングしたり、ハンモックに揺られて本を読んだり、夕暮れや、遠くを行き来するタンカーや、夜釣りをしている漁船の明かりを眺めたり‥。そこは綺麗な砂浜以外には特に何もないけれど、とても静かで落ち着ける場所だった。
 

そういえば、そのサイトでバンガローや食堂の掃除やら、雑用などをして早朝から晩まで働いていた男の子がひとりいたのだが、ある昼下がりに昼寝から起き出して、食堂を兼ねているリビングハウスに行ってみると、ちょうどその子が Frank の対戦相手としてビリヤードに講じているところだった。見ているとこれがかなりの腕前で、おおぅ〜とみんなを感心させていた。
 

それなりの英語は話せるようだ。先に彼と話していた Frank が云うには、なんとまだ15才なのに、インドネシアから働きに来ているのだそう。勝手に地元の子だと思っていたが、違うらしい。学校には行っておらず、そこでいわゆる住み込みで働いている。が、もしお金がいっぱい貯まったら、将来は学校に行ってみてもいいかな‥とも云っていた。ただ、大人たちに囲まれ緊張もしていたのだろうか、とつとつと答えたり、まじめに応対する一方で、私たちの前ではいっさい笑顔を見せなかったのがひどく気になった。
 

ある日の夕方、もう日が沈み夜が始まろうとする頃になって、その日の仕事を一通り終えたらしい彼が、ひとり砂浜でパパパッと服を脱ぎ捨てると、パンツ一丁で海に飛び込んでぐんぐんと泳いだり、波間に浮かんで身体を伸ばし、くつろいでいる姿を見かけた。
 

あとでわかったのだが、彼が他の子たちと共同で暮らしている小さな家が、すぐ近くの森の中にあった。もっと幼い子供もいて、はたして彼ら皆が同郷の子たちなのか、それとも経営者の家族なのかは定かではなかったが、そこでは彼ものびのびと振る舞って、デッキテラスで水浴びしながらふざけていたり、ケラケラとした楽しそうな笑い声も聞こえてきたので、少しホッとしたが、私たちがバカンスを楽しむ背後で、家族と離れた遠い場所で働いている子たちもいるのか‥と、かなり複雑な気持ちになった。
 

もちろん彼らの事情や境遇を詳しく知ったわけでもなく、その後で Frank たちも、彼らの今の生活には実際、僕たちからの観光収入が必要なわけだからね‥というような話をしていたが、少し間を置いてからも、そのことはしばらく頭の中でぼんやりと浮かんだままだった。
 

そして、その後自分の中で思い至ったのは、やはり国々の経済状況や為替が違うことで、先進国からの旅行者が恩恵を受けることが往々にしてあることを認めつつも、知らないうちにひどく搾取していた、ということにならないように、彼らの働きに見合った正当な報酬がちゃんと支払われていてほしい、ということ。まぁもしこちらに余裕があり、受けたサービスがきちんとしていて心地よく感じたのならば、直接チップを渡してもいいだろう。サービスをする側とされる側が互いに差別なく人として対等な関係であるほうが、実は、旅もより深いものになる。
 

それからあと心に残っているのは、オランダから一人で来ていた Marleen に会えたこと。やはり心強かったし、うれしかった。
 
「うん、やっぱり一人旅って、断然それなりの魅力があるものね‥」

とお互いに同意した後で、彼女にはずっと長く付き合っている彼氏がいるのだが、今回はあえて一緒に旅するのではなく、一人で来てみたかったとのだと話した。
 

「長い付き合いだからこそ、時には少し離れてみるのもいいかなぁと思って‥」

「そうなんだね‥。この島のあとはどう旅する予定なの?」

「もう少し南まで行って、マレーシアにも行ってみるつもり‥」

「 Frank もそのはずだから、彼の持ってる情報も聞いてみたらいいよ」

「あれ? あなたは一緒に行かないの?」

「ううん、東京に帰るよ」

 

少しずつお互いのことを話していく中で、Marleen は、オランダでは遊覧船の船長をやっているのだと知った。
 

「 へぇ〜! アムステルダムには一度遊びに行ってすごく楽しかった。運河が素敵だよね、そこの船? え、ちがうの?」

「もっと北のほう、ほとんど海の近くにある湖。結構有名だから、海外からの観光客もいっぱい来るの」

「ふ〜ん、船ってどんな? 小さいの? 」

「けっこう大きいわよ。だけど毎日が観光客相手だと、ちょっと疲れたりもしてね。ここはほとんど人がいないし静かだから、安らぐわ‥。まぁでもそこだって、Tokyo に比べれば全然うるさくないはずだけどね」と笑う。

「東京は興味ない?」

「今のところはね‥。日本は物価が高そうなんだもの。でもそのうち行ってみたくなるかもね‥」
 
そんな感じの会話をした。
 

Marleen が行ってしまった後、わたしたちもあと残り数日を過ごすために、別の地点へと移動してみることにした。じゃぁ今度は、まだ行っていない北東部へ‥と思ったのだが、地図では同じ北側で近そうでも、聞くところによると、途中までは道があるけど、その先は船もないから進めないそうで、相当の距離を移動することになるが、また一旦 Tongsala へ戻り、そこで ソンテウ乗り換えが必要‥と。仕方ない、そうするつもりでとりあえず出発した。
 

Tongsala に着くと、まず先に旅行代理店に寄ってみる。ついでだから、帰りの Bangkok までのバスチケットを買っておこうと思ったからだが、壁に貼られた案内を見ると、ん? どうやら Bangkok 行きの飛行機があるようだ。そこでスタッフに相談してみたところ、島からのフェリーの後、リムジンバスで Surat Thani 空港に行き、そこから飛行機に乗れば、Bangkok で Tokyo 行きの便に乗り継ぐことができる、と。
 

「 Bangkok 市内に用がないなら、それが一番早くて簡単ですよ〜」
 

そうか、そうすれば、わざわざまた Bangkok に寄って前泊するような必要もなくなるし、思っていたよりも、もう少し長く Frank と過ごせる‥。「じゃぁそれにします。お願いします」と早速手配してもらい、エアチケットを購入した。Frank も快く「僕もその日の同じフェリーに乗るよ」と云ってくれた。
 

そのあと、通りかかったところに小さなマッサージサロンがあったので、二人揃ってのんびりと Thai Massage を受けた。それからようやく、じゃぁ行こうか!とソンテウを探したのだが、声をかけてみたドライバーが云うには、
 
「結構山道を行くし、夜までに着かないかもしれないから、今日はやめておいたほうがいいよ。今からだと僕たちだって、帰ってこれなくなるからね。でもそこまで行くのなら、車より、Had Rin からボートの方がおすすめだよ。どのみち、ボートも今日はもう無理だろうけど‥」
 

それで、その晩は Had Rin で一泊することに決める。ちょうど一日滞在が伸ばせることになった直後だったから、気持ち的には全然余裕だったし、Frank は「よかった! もう読む本がなくなってたから、またあのブックスタンドに行って持ってる本を全部交換しよう!」と、とても喜んでいた。そして、すっかりもう彼のお気に入りだという、最初に彼が泊まっていたバンガローへと戻ってから、二人で船着場まで行ってみて、場所と時刻を確認。翌朝を待ってから、連絡船である小型のエンジンボートに乗り、北東部にある入江のビーチ Thong Nai Pan を目指した。
 

その小さな船は、沖に出ることなく、ほぼ陸岸に沿ってゆったりボボボボボ‥と進んでゆく。航路は距離でいうと15km ぐらいだろうか、その間、潮風で肌がペタつくのを感じながらも、鬱蒼と濃い緑に覆われそびえる山々や、ゴツゴツとした黒っぽい岩肌、はるか遠くまで続く水面や、背後に消えてゆく泡の線なんかを見つめながら、う〜ん、これはかなり僻地まできたなぁ〜‥としみじみ味わっていた。
 

Thong Nai Pan に着くと、すぐ目の前にこじんまりとして自然で落ち着いた色合いのサイトがあったので、迷わずそこに滞在することにする。木の皮が組まれている壁に、屋根は椰子の葉で覆われているバンガロー。お隣には、Koh Tao でシュノーケリングしてきたらしく、「君たちもぜったいあの小さくて素敵な島に行った方がいいよ〜、おすすめだよ〜」と話す Sam と Jean-Luc がいた。彼らはサバサバとして、けれどとっても仲むつまじいカップルだった。その夜は、浜辺に用意されていた火を囲みながら、しばし一緒に飲んだりおしゃべりした。
 

そして、とうとう島で過ごす最終日‥とはいっても、いつものようにそこらへんを散歩したり、のんびりと過ごして、夜はたくさんのシーフードをバーベキューで食べた。そのあとでまた浜辺を散歩していたら、そのうち音楽が聞こえてきた。どうも、いくつかクラブバーになってる建物があり、そこからの音が混ざって聞こえているようだった。遠くだとちょとどんな音楽かよくわからないので、その一つに近づいて二人で薄暗い窓から雰囲気をうかがってみたのだが、

「うわぁ‥」

「どう?」

「ノォー」

「だね‥」
 

この島でも時々派手なパーティなんかがあるのは知っていたけれど、海辺で飲んで騒ぎたいとはまったく思わなかった。もっと素敵な雰囲気や音楽だったならまた印象も違ったかもしれないが、この自然の美しい静寂を、何もわざわざテクノ音でかき乱すような雑な夜にはしたくなかったし、それなら、ただ青暗い夜を足元のサラサラとした砂を感じながら、煌々と輝く月明かりの下で歩くだけで十分だった。
 

翌朝、二人でまた例の小さなボートTaxi に乗った。今度は Tongsala までの直行なので、昨日よりさらに長い航路だったが、わたしたちはあまり話すこともせず、ただずっと一緒に座って周りの景色を見ながらやり過ごしていた。そうしてしばらくして港に着くと、すぐ予定通りに停泊していたフェリーに乗り換えた。しかし、かなりどんよりとしてきて、なんだか怪しい空模様‥。
 

海に出るとすぐに事態は急変した。みるみるうちに暗くなり、雨も降り出してきて、当然、誰もが客席におとなしく収まっていたが、だんだんと揺れがすごくなってきた。バッサーンッ!バッサーンッ!と荒れ狂うような波にもまれながら、それでもどうにかこうにか、船は進んでいるようだった。ひぃー‥大丈夫なのだろうか‥?
 

そうこうしているうちに、船内アナウンスがあった。高波がひどくこの船では予定の Surat Thani まで行くことができないので、ここから一番近い別の港に向かう、とのこと。一体どうなってしまうんだろう‥。先行きが見通せず、ますます不安が募るも、ここは海の上、他にどうしようもない。けれど、もしかして飛行機に乗れず、予定通り帰れなかったりするのかも‥と、ふと頭をよぎる。
 

間もなく、どこかの港に着き、全員がそこで降ろされた。ピシャーッパシャーッと時に風に煽られた横殴りの雨が降る中だったが、実はこのようなことは度々あるのかもしれない、その後は見事なフォーメーションが展開された。
 

待ち構えていた雨合羽を着た係員二人が、降りる人をどんどん、「はいっバスの人はこっち! 鉄道の人はそっち! 飛行機はあっちへ!」とキビキビとした動きで誘導し、わたしたちをそれぞれのボートに振り分けてゆく。皆云われるがままに自分のバックパックを抱え、その屋根のない細長いボートに乗り移る。Frank とはまさかのここで突然のお別れだ。しかし、それを惜しむ間もなく動くしかなかったため、「バイバイ!」と振り切るように云って、別れた。
 

係員が人数を数え、全員の乗船を確認するとすぐ、ブイーンとエンジンがかかってボートが滑り出した。それなりの揺れはあるものの、あの荒れに荒れていた沖合ほどには波も高くなく、雨もだんだんと弱まってはきていたが、まるで遭難者であるかのように、頭からビーチ用のパレオを引っかぶって雨風をしのぎ、固まるように身を縮こませながら座っていた。
 

幸い、意外に短時間でどこかの波止場へと到着した。そこが Surat Thani なのか、どこなのかも、よくわからないままに、すぐにまた別の係員に「 Airport 行きはあのバスです。急いで乗ってください! 」と指示される。船の後方にまとめて置かれていたぐっしょりと濡れてしまっている自分のバックパックを掴んで船から降り、そのバスへと向かおうとしたその瞬間、不意に誰かに肩を掴まれた。Frank だった。
 

ただもう目の前のことだけに必死で、まったく周りが見えていなかったので、びっくりした。「大丈夫だった?」と聞かれ、うんうん‥とうなづくも、もう会えないと思い込んでいた彼の顔を目の前にして、胸が詰まってあまり言葉が出てこない。けれど、お互いずぶ濡れのひどい格好を見て、すぐにつかの間の緊張と驚きは解け、二人して笑い合った。すごかったね、なんだか最後の最後にえらい目に会っちゃったね‥、という意味で。それもまたほんのひとときだったが、でもまた会えてほんとうによかった。さっきとは違って、きちんとさよならを云うこともできたから‥。
 
 
 

空港へと向かうリムジンバスが走り出す。「あぁ、これなら飛行機にもなんとか間に合いそう‥」と確信しつつ、安堵しながら濡れた髪や体を一通り拭き、ようやく気持ちも落ち着いてきたころ、水滴で曇っていた窓ガラスを指先でこすり、外を眺めた。雨が染み込んで一層鮮やかさを増した赤茶色の大地が、静かに後方へと流れ去っていった。