+ Nina & 2Al +
Paris を離れて随分たってからも、バカンスで時々は訪れるようにしていた。季節によって街の印象ががらりと変わるのがおもしろいし、毎回それなりにいろんな新しい発見がある。人々、雰囲気、システム、デザイン、環境‥。以前は融通が効かなかった部分が、いつの間にかスーと垢抜けたような感じになっていたり、少しは明るく清潔な部分も増えたかと思えば、あれれ、やっぱりそこはちっとも変わらないのね‥という良くも悪くも頑固な部分を再認識したり、逆にちょっとしたことがとても新鮮で素敵なインスピレーションももらえたりと、なかなか興味深い街なのである。
そこで古い友人に会いにゆき、近況を語り合ったりして、そう、以前はあちらこちらと泊り歩いたりもしたこともあったが、年月が経つうちに、そんな彼らも Paris を出て別の場所へ移り住むようになり、そのうち互いの連絡先がわからなくなったりして、音信不通になって‥。まぁ人生、出会いと別れなのだから、そんなのはよくある話かもしれないが、そんな中でも、当時はこどもだったが、今頃はどんな大人になっているのかなぁ〜‥とぼんやりと思い出すあるきょうだいがいる。
最初は、クリスマスが過ぎた年の暮れのあるディナーの席で、仕事を通じて知り合った友人の Eric から、彼の恋人である Panida を紹介されたのだが、彼女が、そのきょうだいの母親。もう少し後にくわしく聞いた話によると、彼女は、あるアジアの国から、同郷の夫とともにフランスへと移住してきたものの、その夫の暴力がひどく、結局それが原因で彼との3人の子供を引き取ったそう。別れた後しばらくは、やはりいろいろと大変だったようだが、会ったその当時はオペラ座近くの高級免税店で働いており、誰にも頼らず(Eric にも)経済的にも完全に独立して暮らしを立てているとのことだった。話し方が穏やかで、朗らかで、やさしくて、でも芯は強くしっかりとしていそうな、ほんとうに素敵な女性だった。
実はその時の滞在先の一つとして、Paris 郊外の閑静な住宅地に住む Eric の家に一部屋間借りさせてもらっていたのだが、その夜のディナーでは、近所に住んでいるという彼の育ての母とそのお友達の女性も交えてテーブルを囲み、彼の生い立ちを始めいろんな話を聞かせてもらったのだが、まず Eric のお父さんは、ヨーロッパ各国を旅する宝石ディーラーだったそう。で、ハンガリーからフランスに移住してきた後に、Eric が生まれたのだが、お母さんは彼が幼い時に病気で亡くなってしまった。その後、お母さんの友人だった女性が、留守がちなお父さんに代わって、親身になって子守として(継母としてではなく)Eric の面倒を見てくれたらしい。
そうして大きくなった Eric は、18歳でイギリスの大学へ進学。その後、20歳で突然、一児のパパになったそう。当然まだ学生なわけで、本人はかなり困惑したらしい。その実の娘さんもすでに社会人の今は Paris で暮らしていて仲も良いらしいのだが、父として子育てにはほとんど参加しなかった(させてもらえなかった)そう。‥という、側から見ると、複雑な家族関係をお持ちの方なのだが、本人はあっけらかんとあまり不自由なく人生を謳歌しているようだし、今は周りを気にかける余裕もあるし、まぁもともと心根の優しいひとなのだと思う。
ところで、その育ての母の女性が云うには、Eric のお父さんは宝石商という仕事柄か、いろんな国の人を家に連れてきたり、泊めさせてあげたり、一緒に食事をすることがとても多かったそうだ。
「それはもう国際色豊かでね、わたしなんかここに居るだけなのに、ほんとうにいろんな人たちに会ったわ。でも‥日本人はあなたが初めてじゃない? たぶんそうよ。だからすごくうれしいわ」
と笑っていた。
さて、その和やかなディナーを過ごしたほんの数日後のこと、疲れていたので夕方ぐらいにはもう、出かけていた Paris の街から郊外線に乗って Eric の家へと戻ってくると、居間のソファに、Eric と 知らない女の子が前かがみでしかめっ面して座っていた。Panida の長女、高校生の Nina だった。挨拶もそこそこに、ふたりで真面目な顔してブツブツと云いながらノートパソコンの画面を凝視し、あまりおしゃべりに興じるという雰囲気もないので、しばらくは横のキッチンから遠巻きに眺めていたのだが、どうも、宿題のレポートを PC で仕上げなくてはならなかったので、Eric に頼んでそのレポートを見てもらって(やってもらって)いたようだ。
「ふーん、恋人の子供たちともすっかり仲良く気兼ねなくやってるんだなぁ〜 Eric は.. 」と、感心しながらそっと自分の部屋に戻って、のほほんと過ごしていた。でも少し後で思い返してみると、もしかしたら彼女は、宿題はもちろんあったのかもしれないが、実際は、自分の母の恋人の家に泊まりにきている女性を勝手に警戒していた‥のかもしれない。頭の向きを変えないまま、視線だけチラッ‥チラチラッ‥と不自然に投げてきていたし‥。
そう思って、夜になって、そろそろ終わったかな〜と階下の居間へと行ってみたが、もうすでに Nina はいなかった。「え、帰っちゃったの? お喋りしたかったのになぁ〜」と云うと、Eric に「あれ、そうなの !? 」と逆に驚かれた。そもそも作業を邪魔しちゃいけないと思ったからだが、こちらの態度もちょっとさっぱりしすぎたか‥。
それから次の年にまた Paris に行った時は、「じゃぁ一緒に食事しようよ。どこかレストランに出かけてもいいし」と Eric と Panida が誘ってくれた。約束の日、まずは Eric と待ち合わせてから、車で彼女のアパルトマンへと向かう。その建物のエントランスを抜けて、玄関へ行くと、ドアの奥で、たった一年なのにすっかり大人っぽくなった Nina が迎えてくれて、初めて小学生の弟くん Alex、幼稚園児の妹ちゃん Alice に会った。前回とは違ってずいぶんにこやかな Nina と軽く話をしていると、まもなく Panida が仕事から帰って来た。
彼女は「先に着替えてくるわね」と云いながら一旦消えた。そして奥の部屋から戻ってくると、「なにが食べたい? モロッコ料理が好きなら、美味しいところがあるの。そんなに遠くないから‥」などとこちらに気を使ってくれている。一方で、Alex と Alice は、なにやら興奮してこちらの手をひっぱって、「ね、こっちに来て来て!」と彼らの部屋に誘ってくる。
何なに?とそのままついて行くと、「ほら見てすごいでしょ!」と、立方体的な PC の画面に映し出されたゲームを見せてくれる。う〜む‥、これはもしかして、ジャポン = ニンテンドー = ゲーム‥のパターン? と思いつつも、「わ〜お〜、すごいね〜! じゃ、やって見せてくれる?」 と、よくわからないまま大げさにあいづちを打ちながら、ウキウキとそのゲームに興じる 兄 Alex を、妹ちゃん Alice の説明を聞きながら眺めるだけのつかの間のひと時だったが、同じアジア系の安心感からなのか、彼らの素の明るさからなのかわからないが、初めて会ったのにそんなふうに屈託なく名前を呼んでじゃれてきてくれるふたりが、かわいくて仕方なかった。
その間、キッチンの方にいる Nina と Panida はなにやら、ごにょごにょともめている‥。どうやら、Nina としては、ママが帰ってくるまでの午後はずっと、その年の離れた弟妹の面倒をちゃんと見ていたのだから、もうこの後はフリータイム。「彼氏に会いに行くの。約束してるんだから」と今すぐにでも出かけたい様子。それを聞いていた Eric が「じゃぁ、彼氏も一緒に後でレストランに来たらいいよ。場所わかるでしょ? みんなで食事しよう」とリビングから声をかけて誘っている。
N「えー、行かないかもしれないよ。話してはみるけど、彼が行きたくないって云ったら行かないんだから」
P「だってあなたたち夕食はどうするの?」
N「‥マクド‥」
P「だめ!」
E「来たらいいじゃない。モロッコ料理だよ、美味しいんだから〜」
N「はいはい、わかった! 話はしてみるから! じゃあね!」
と言い残し、そそくさと出かけて行った。それから Panida に呼ばれて子どもたちとリビングに戻りつつ、その漏れ聞こえていたなんだかありがちすぎるほどの会話に、内心ほんわかしながら居たところに、二皿のスパゲッティがどん!と目の前に現れた。「ほら、あなたたちはこれ食べてね」と Panida が Alex と Alice に話している。
R「えっ! 彼らは行かないの?」(しかも夕飯、それだけ‥?)
E「そう、おるすばん」
R「え〜! 夜だし心配だよ、子供たちだけ残して行くなんて‥」
P「大丈夫よ。Alex はもう電話もかけられるし、私、携帯持ってるから」
E「それに、時には子供たちだって、大人のいない時間を過ごすのが、楽しいものなんだよ」
見ると、確かに Alex と Alice は、ちゃんと前もって聞かされていたのか、まったく動じる様子もなく、そのスパゲティをパクパクと口に運びつつ、大人たちが出て行った後に見るつもりらしいアニメか何かの話をしてきゃっきゃと盛り上がっている‥。まぁ、たしかにきちんとしたアパルトマンで、頑丈なオートロックのエントランスと玄関ドアだし、電気コンロだから火もないわけだけど‥。
P「何を見るか決めた? じゃぁそれを見終わって、9時になったらふたりともベッドに行くのよ‥」
AA「えー、9時半でもいいでしょ !? 今日だけ! 10時でもいい !?」
P「んーママが帰って来た時にちゃんとベッドにいなきゃダメだからね」
AA「やったー! 何時に帰ってくる?」
P「それはもちろん内緒よ」
E「Alex、妹のことよく見てあげるんだよ、わかってるね?」
A「わかった!」
ふぉ〜‥これがフランスのスタイル? もちろんこの一家族のワンシーンだけでは断定できないが、まぁ確かに、Paris は大人の街である。つまり、大人たちが大人だけでしっかり夜を楽しむ時間を持つという文化があり、そして、もちろんこどもの年齢に応じてだが、初めはそういうのを見たり聞いたりしながら、だんだんと自立を促されつつ、その一方で子供たちもちゃんと子供たちだけの時間の楽しみ方を知る。そんなふうに成長にしてゆくのかぁ‥とちょっとびっくりしつつも感心したわけである。
レストランに3人で向かう途中の車の中で、「Nina の彼氏に会ったことある?」と2人に聞いてみると、「さらっとね、挨拶程度。付き合っていることを話してくれたから、きちんと紹介してもらったの」とのこと。それから、Eric は「高校生の恋愛だって大事だよ〜」と、むしろ恋愛しなくちゃ‥みたいなことを話していた。「うん、そうだね」と返しているうちに車はすぐお店に到着。よくは覚えていないが、街の外れの、地元のお客さん相手にやっているようなこじんまりとしたレストランだった。装飾はいくつか真鍮のオブジェがあったりもしたが、エンジや深緑などのダークカラーでまとまっていて、わりと落ち着いていた。フロアの中央の大きな四角いテーブルへ案内され、がっしりした木製の背もたれのある椅子に座る。
メニューを見ながら前菜、串焼き、「あとはやっぱりクスクスだよね」という2人を遮り、「東京にはモロッコレストランなんてほとんどないし、せっかくだから、クスクスよりもタジンが食べたいの」と云うと、それなら両方頼もう!ということになる。クスクスが嫌いなわけじゃないが、あの米粒より小さいつぶつぶの蒸しパスタは、たいがいとんでもない量をサーブされるのが普通で、それが具だくさんのスープと混ざるとさらにまたものすごい量になるので、絶対食べきれない‥という懸念と、まぁ単純にじっくり煮込まれたタジンを味わいたかったからだ。まぁでもタジンといってもいろいろあって、メニューを見ただけではよくわからないので、いつものように適当に、食べたことがなさそうで、野菜が多そうなのを選んでおく。
さて、注文を終えて、料理を待ちながらおしゃべりをしていたところに、スタスタっと高校生2人が現れ、ささっと奥の席に並んで座った。「あ、やっぱりちゃんと来れたね〜」と歓迎すると、テーブルの端で2人は「ま、しょうがないからね〜」とクールな振りをしつつも照れているのがわかった。Eric たちがわたしたちが先に注文したものを説明して、「ほかに何か食べたかったら頼みなさい」と云われて、Nina がサラダを注文したほかは、串焼きとクスクスは人数分追加できると聞いた彼氏くんは「じゃそれでいいです」遠慮がちにおとなしくしていた。
そんなそぶりとは反対に、まぁそこそこやんちゃに見える彼氏くんだったが、2人は端っこで小さな声で自分たちの会話をしつつも、時々はこちらの様子をうかがいながら、当たり障りのない返事をしたりしていた。大人の仲間入り、というにはまだ未熟とはいえ、見ていてそれなりにかわいらしいカップルだった。
それから次々に料理が運ばれてきて、ひとり、クスクスの代わりに小ぶりの陶器に盛られたタジンを食べていると、Nina が「何それ? おいしい?」 と首を伸ばす。小ぶりとはいえ、これもやはり1人には十分すぎるほどの量なので「おいしいよ! どうぞ食べてみて」と話すも、「え、ううん‥」遠慮している。フランスではテーブルの料理をつつき合うような習慣がないこともあり、彼女のその反応には驚かなかった。
そこで、「日本では小皿文化だから、一品をみんなで分け合うの。だから、ぜんぜん平気だよ」と説明する。すると、日本に来たことのある Eric も「それが日本のいいところだよ。同じものを食べて美味しさを分かち合うのってむしろ楽しいことじゃない? それに、このクスクスだってまぁシェアする料理だし‥」と話すと、「なるほど、じゃぁちょっともらう‥」と云ってくれた Nina に喜んで取り分けてあげると、「うん、おいしいね‥でもこれは何だろう?」と、その中に入っているある材料が気になる様子。たしかに、その一片はムニュっとした食感で赤黒く、やや甘酸っぱさがあり‥、そこでメニューを見直して、「頼んだのは、えーっと‥これだよ」と教えると、そこに書かれていた料理名を見て、
N「あぁ、Figue ! 」
R「フィーグ? 知らない‥。プルーン?」
N「ちがう。え〜知らない? 果物で、低い木になるんだけど‥ 日本にないのかな?」
R「うーん、もしかしてトロピカルなやつなのかな?」
N「ねぇ Eric、日本に Figue ってないの? 」
E「さぁ‥、どうだろうなぁ‥」
N「そか‥」
あきらめると、すぐにテーブル上の話題は別の話になってゆき、Nina はまた端っこの彼氏くんと楽しげに何やら2人して盛り上がっている。それからちょっとしたころ、唐突に「これだよ〜」と彼女が手渡して見せてくれた紙に描かれていたのは‥
R「ん? あ〜イチジク !?」
N「あ、わかった? よかった〜! これでもう思い残すことなく日本に帰れるね!」
といたずらっぽく笑っている。理解できずに終わりそうだった小さなモヤモヤも解消することができて、すっきり。みんな満腹すぎてデザートを摂る余裕はなかったので、コーヒーで締めくくり、気分良く店を出た後、「彼のバイクで送ってもらうから‥」という Nina とはそこでお別れ。Panida に 「門限は11時よ!」と念を押されて「わかった、わかった! じゃあね!」と小走りに彼氏と夜道の暗がりへと消えていった。
その後、Eric と Panida にその時の Paris の滞在先だった別の友人宅まで、送ってもらう車の中で、
R「ねぇ、Nina、ちゃんと11時に帰ってくると思う?」
P「さぁ、どうかしら?」
E「こないよ〜。でも週末だし、12時までならいいんじゃない?」
P「そうね‥ でもこないだのパーティの時なんて、12時過ぎちゃってたから、だいぶ怒ったのよ」
R「ふぅん、まぁそれでも、彼女のことを信頼してるってことだよね」
P「いつも、誰とどこにいるかってのはきちんと先に云ってもらうけどね」
E「そう、それは知っとかなくちゃ。逆に話してくれなきゃ困る」
R「あ、そこは大事と」
E「もちろん! 正直に話してほしいって云ってあるんだ‥。まぁでも僕たちだって高校生の時はねぇ‥。特に十代の頃の付き合いなんて、時間なんてホントあっという間に過ぎちゃってさぁ〜‥」と笑っている。
助手席の Panida も同じように微笑んでいたので、同意見なのだろう。それに、なかなか難しい年頃の女の子でも、そうやって実の娘のように関わろうとしている Eric を Panida はそれなりにうれしく思っていたに違いない。そう、こちらもなかなか素敵なカップルなのだ。
車から降りたのは、たしか、22:45頃だった。去ってゆく車に手を振って2人を見送った後、ネオンサインやライトでほのかに明るい Paris の歩道の上で、「そういえば、Alex と Alice は、もうちゃんとベッドに入ってるかな‥」と思い、念のため彼らには、「もうすぐママたちが帰るよ〜」とテレパシーを送っておいてみた。
