ゆるむるぅむ *monde

 

+ en route de Meknès à Al Hoceima  +

 
次の日は移動の日。朝、Meknes_メクネスの旧市街を出てまた渓谷の橋を渡り、新市街のバスターミナルへ。これから北上して、地中海方面へと向かう予定でいた。アフリカ大陸から見る地中海はどんなだろう‥?
 

持っていた地図を見せながら、アルジェリア国境近くの町まで行ける便があるか聞いてみたが、ない、と首を振りつつ、Al Hoceima_アルホセイマ行きならある、というので、じゃあそれでいいです、とチケットを買い、長距離バスに乗り込む。後方の右手側の席。右側通行なので、景色に近い方を選ぶ‥というのが、バス旅でのいつもの席の選び方。
 

混んではないが、それなりの数の乗客を乗せたバスは、最初に Fez_フェズ をぐる〜と迂回するようにして素通りした。あぁ、あそこでたくさんの時代を経た、たくさんの生活が連綿と営まれているのだなぁ‥と感慨深くはなってみたものの、まぁそれで十分だった。それからはのんびりと、くねりくねりとした道をゆきながら、次々と丘を越えてゆく。途中、目を奪われるようなターコイズブルーの小さな湖(池?ダム湖?)がチラリと見えてハッとした。わ〜なんであんなに綺麗な色なんだろう‥プランクトン? 天然だとしたらすごいけど、人工色のようにも見えてなんだか不思議だったが、他の乗客はまったく気にもとめていないようだった。
 

またしばらくすると、あまり木々という木々も茂っていない牧草地のような丘で、ピンクの花が満開に咲いている木がふんわりポツンと立っていた。ポツン‥あっ、こっちにもある! あれは‥桜だよね? なんで桜がモロッコに? 誰かわざわざ植えたのかなぁ‥? などと、ひとりでただ窓の先の景色を見ながら、心の中でつぶやいていた。
 

そのうち、周りにほとんど何もないような平地の道路脇にあるレストエリアみたいな場所に、バスは停車した。運転手さんは、出発する時間を乗客に告げるとスタスタと先に降りてゆき、後から乗客が順番にぞろぞろと降りる。時計を見ると、小一時間ほどの休憩となるようだった。ほとんどの客が男性だったが、中にひとり、グレーっぽいスーツ姿の中年の女性がいた。洋装の女性は珍しく、フランス語も話せるかな? と思って、「すみません、今私たちがいるのはどこですか?」と話しかけてみた。「ここは Taza よ」と即答してくれる。Meknes から東に180kmほど来たらしい。
 

レストエリアの雰囲気はというと、日本の片田舎にあるようなそれである。一応トイレと、土産物や野菜果物などの小さな売店コーナーと、横にこれまた小さな食堂エリアがあって、軒先には車道からよく見えるように、ガスコンロが横に並べられ、いくつかの赤茶の土色をしたタジン鍋がその上に5つほどずらずらと置かれていた。どうやらすでに調理済で、頼むと温め直してくれるようだ。
 

ちょっと気になったので、その女性に聞いてみる。
 

「ご飯はここで食べたりしないんですか?」

「 Non。わたしは絶対にこういう場所では食べないわ」

「タジン‥ちょっと食べてみたい気もするんだけど‥」

「うーん、あれだって、実際いつ作ったものか、わからないもの」

「あ、やっぱり‥。まぁそんなにお腹すいてないから平気なんですけど‥」

「タジン、まだ食べたことない?」

「あ、いえ、あります。タジン鍋も、前回モロッコに来た時に買って帰ったんです。で、自分でも家で作ってみるんですけど、けっこう焦げちゃったりして‥」

「あら、それなら シブルーユ(確か、そう聞こえた)を底に敷くといいわよ」

「 シブルーユ‥」(‥って、何だろう??)
 

その女性は、Rabat_ラバトで働いている薬剤師さんで、ご両親に会いに行くとのことだった。そんな風に立ち話した後でもまだ時間に余裕はあったので、「ちょっとその辺見て来ますね〜」と少しそのエリア界隈を一人で散歩してみることにした。昼下がりのほんわかした穏やかな陽気だった。運転手さんと数名の男性は椅子に座って中で食事していたものの、ほとんどの人は、やはりぶらぶらとしつつ、そこらへんにしゃがんでいたり、売店をのぞいたりしていた。
 

そのまま建物を横切って裏手へと廻ってみると、実際そこはさほど平地でもなく、乾いた地面は下方にぐっと傾斜して、先の谷間に向かって落ち込んでおり、その向こう側の別の丘にかけて、たくさんのオリーブの樹木に混ざって、小さくて四角い土壁の家がいくつかまばらに建っていた。その傾斜のすぐ手前のちょっとした空き地で、5.6人、幼い男の子たちがわいわいと戯れて遊んでいた。3〜6歳ぐらいだろうか? 急に現れてしまったのでびっくりさせないように「ボンジュール」とあいさつしてみる。
 

みんなこちらに気づくとキョトンとしたり、はにかんだように照れ笑いしている。服はほとんどが土埃で汚れ、ところどころ破れていたりもした。ひとり、比較的小ぎれいな格好をしている子が、こちらにトコトコと寄って来て、「ここで何してるの?」と聞いてくる。
 

「バスで着いてね、今は少し休憩中なの」

「知ってる! みんなここで休んでからまた出発するんだよね」
 

石段があったので、なんとなくそこに座ると、すぐにその子たちが集まって来て囲まれた。みんなクリクリとした目でこちらを見てくる。さっきの男の子に続ける。
 

「フランス語、話せるんだね?」

「ぼくはね、学校に行ってるから、歩いて。でもこの子達は行ってないから話せない!」(ちょっと得意げ)

「今日は学校行かないの?」

「今日は休み!」(にこにこ)

「そうか〜」
 

「名前は何? どこから来たの? どうして来たの?」(おめめがキラキラ‥)

「日本から来たの。すごーく遠いところからピューンっと飛行機に乗って。どこかわかる?」

「わかんない〜」(クネクネ‥)

「すごくすごく遠い国から来てね、それで、今モロッコを旅をしてるの。これから海の方に行くの」

「ふ〜ん、僕も前に一回、海、行ったことある」(シャキン!)

「へぇ〜 家族で遊びに行ったのかな?」

「うん!」(笑顔)

「楽しかった?」

「うん!」(満面の笑顔)
 

‥なんてことを話した後で、
 

「じゃぁ、そろそろバスに戻るから行くね‥」
 

と立ち上がり、きっとお尻についたであろう砂埃を手でパンパン!と払うと、それまで神妙な顔をして、きっとわからないだろうに2人の会話を静かに聞いてくれていた他の子たちみんなも、ケラケラケラ〜と一斉に笑いながら、手を振って見送ってくれた。
 

「さようなら〜」

 
 

さぁて、ちょうどいい頃かな? うん、少し早いけどもう乗っておこう‥とバスに向かうと、やはり同じバスの乗客らしい20歳ぐらいの女の子が寄って来て、「これどうぞ」とコインを手渡そうとしてくる。見るとアメリカの$1コイン。うぅーん、これをもらってもどうしようもないな〜と思いつつ、「モロッコじゃ使えないから‥」と返そうとすると、「そうなんです。これはここで持っていても使えない‥。でもあなたなら、いつか使えるかもでしょう‥?」と、ぜひもらって欲しいといった様子。「‥いいの?」「はい! 良い旅を!」とうれしそうに微笑んで、すぐ、先にバスに乗り込んで行った。
 
 

バスは再び走り出す。こんどは山間地の細い道を幅いっぱいすれすれに、アップダウンの道のカーブを縫うように進んで行く。途中、崖の下の深〜い深〜い谷底を見ると、自動車やマイクロバスがひっくり返ってまま放置されているのを2度、見かけた。うわぁ〜そりゃぁ事故もあるよね、こんな道じゃあ‥。夜は、車のライトしかないようなところだ。だから少しスピードが上がるとソワソワしたものの、今乗っているこのバスがそうならないように運転手さんを信頼するしかないわけで‥。
 
 

そして夜、8時間の長旅を終えて、バスは無事、小さな港町 Al Hoceima に到着した。
 
 

そういえば、頭の中にずっと残っていた言葉「シブルーユ」は、きっとシブレット‥、チャイブのことだろう‥と思いつき、代わりに浅ネギを敷いてタジンを作ってみたが、やはり浅葱は焦げて一層こびりついてしまったので、彼女の云っていたシブルーユは、代わりに焦げてもいいものとして敷くのか、はたまた当時の解釈通り、うまく焦げないようにするために使うものか、それとももっと別の何かなのか‥はずっと謎のままだ。まぁせっかくだが結局のところ、最初のほんの少しの水加減と火加減で調節すれば大丈夫ということがわかったので、もうそれっきり「シブルーユ」は使っていない。ちなみにこれは、日本でタジン鍋が流行るずっと前のこと‥。
 

それと、これも何年も経ったずっと後でのことだが、ふと目にしたある写真で、アーモンドの樹の花が、桜と同じようなピンク色をしているのを見て、そうか〜!あれはアーモンドだったかもしれないなぁ〜‥と、長年の謎が紐解かれ、腑に落ちた気もしたのだが、真実は‥やはり定かではない。