ゆるむるぅむ *monde

 

+ Mohamed & Ahonouk +

 
Al Hoceima では、他にもいくつかの小さな出会いと、もてなしを受けた。
 

夕刻、立ち寄ったフランス式のカフェのテラスで、たまたま隣のテーブルにいた素敵なカップルとの束の間の心地よいおしゃべり‥。その時はじめて、モロッコ人女性がカフェ、それもテラス席に普通に座っているのを見たものだから、ちょっと驚いていたところだったので、それをそのまま伝えると、笑って「大丈夫、わたしは気にしないわ」とやんわり肩をすくめた。ふんわりとした白いブラウスを纏った洗練された彼女の気配から、同伴のフランス人男性とふだんは海外で暮らしているのかもしれない。バカンスか、帰省だろうか?
 

それから、そのカフェの居心地のよさから、「何か食事のメニューはない?」と聞くと、「うちにはないけど、もうすぐ閉店だから、待っていてくれたら美味しい地元のお店に案内しますよ」と云ってくれた笑顔のウェイター。
 

30分ほど待って、店じまいの後で彼が連れて行ってくれたのは、小さなローストチキンのお店だった。カウンターで彼が注文してくれたものをトレーで受け取ってから、2階に上がる。人気の食堂らしく、若い男女たちでほぼ満席のガヤガヤとした空間だったが、そこは、屋根裏スペースとでもいうのだろうか、天井がとてつもなく低く、皆、頭を低く下げ、腰を曲げて移動しなくてはならなかった。‥と、思い返してみると、最初にモロッコに来た時の Essaouira でも、地元民に勧められて同じような店に行ったことがあった。あそこだけが特別なのかと思っていたが、実はよくあるスタイルなのかもしれない。
 

椅子に座ってしまえばあとは問題なく、そこでシンプルながら美味しい食事を終えると、ウェイターくんは帰りの夜道をホテルが見えるところまで送ってくれた。彼はこちらを敬うようなきちんとした話しかたで、ほんとうに親切だった。最後にお礼を云いながら「あっそういえば、名前を聞いてなかった‥」と聞いてみると、「僕? Mohamed 」と微笑みながら答え、去って行った。なんてスマートな立ち振る舞いだろう。この場所の温暖な気候が、人を優しく穏やかにさせるのだろうか?
 
 

次の日は午後に別の町へ移動することにしていた。朝、地階にあるラウンジでのんびり朝食をとっていると、そのホテルのオーナーと話をしながら入り口に立っていた、背の高いジーンズ姿の男性が、「よければ案内しましょうか?」と声をかけてくる。ガイドをしたいようだ。「でも昨日 Kara Bonita (2km 先にあるビーチだが冬は特に何もなかった) も見たし、昼過ぎには発つので」と答えると、「ああ、もっといいところがあるんですよ。天気もいいし、散歩に行きましょう」と誘われ、まぁ時間もあることだし‥と連れ立つことにする。朝食を終え、一旦部屋に戻って完全な荷造りと支度をしてからまた地階に下り、バックパックはフロントに預けておく。その時、オーナーにそっと「彼は信頼できる人?」と聞いてみると「ええ、大丈夫ですよ」と答えが返ってきた。
 

彼の名は Ahonouk。やはり、仕事を探しているものの、なかなかいい職がなく、機会があれば時々こうやってガイドをしていると話す。歩き出してすぐ、まずはターミナルに寄って先にバスの時間を一緒に確認しておいた。その後、「でも今日はお金は必要ない。遠い国から来た人に、美しい秘密の場所を見せてあげたいんだ‥」というようなことを喋りながら、いくつかの小道を抜け、民家の立ち並ぶ裏手にまわると、雑草の生えた、ゴロゴロとした石や岩の転がる轍をしばらく登っていく。途中、ゴミ捨て場‥というか、土に還らないままくしゃくしゃになったビニール袋や潰れたペットボトルなどがたくさん露わになった残念な場所を横目に通り過ぎつつも、しばらくトレッキングのごとくゴツゴツしたところを登っていくと、そのうち潮風の吹く高台の見晴らしのいい尾根に出た。「わぁ‥」 切り立ってそびえる崖の下は、息をのむほど碧く、深い、美しい海だった。
 

これはさすがに地元の人に案内してもらわなければなかなか来れないだろう。道という道はなく、何の標識もない。けれど、ただただ美しい自然がそこにあった。まだ午前中。太陽の日も柔らかく、明るくて、きらきらとした光を海に映していた。しばらく海を眺めながら彼の案内に従って、その尾根を歩いてゆくと、下の崖の影に、ポツンと小舟に乗って釣りをしているおじさんがいた。 Ahonouk が何やら大声を掛けると、彼も気づいたようで下から手あげながら応じている。こちらにも視線をよこして、何か叫んでくるのだが、言葉がわからない。ただ大きく手を振って応えることにする。
 

その場をちょっと離れたところで、笑って Ahonouk が説明してくれる。
 

「あれは ムッシュー・ルカン ( 鮫おじさん (俗:よくばりな人))。ここらじゃよく知られた人」
 
「なんか云ってたね。なんだって?」
 
「『世界の入り口にようこそ!』って」
 
「世界の入り口?」
 
「うん、ここらへんのことをそう呼ぶんだよ。ほら、あれ見て。あれはもうスペイン。すごく近いでしょ?」
 

確かに、水平線の遠くに、ぼんやりと陸地が霞んで見える。
 

「ここから見つからないように夜中に船を出して漕いでいったり、泳いであっちに渡ろうとする人もいる。だからそんな風に云うのかも」
 
「泳いで !?」
 
「みんな一度は考えるし、実際やる人もけっこういるんだよ」
 
「 Ahonouk も?」
 
「うん、考える‥。けど‥さすがに泳いでは無理だろうなぁ。でも、もし本当にその気になったら、やってみるかもね」
 

そう冗談まじりに云って、笑っている。
 

「そうかぁ‥」
 
 

目に見えるほど近いようでも、やはり遠い。ここからヨーロッパへと渡って、別の環境、別の場所での今とは違う豊かな生活を夢見る人は多いのだろう。ただし、モロッコでパスポートを手にすることはそう簡単なことじゃない。だから密航しようとする人、そして失敗して命を落とす人、見つかって捕まる人‥は後を絶たないのだそう。もちろん、皆よほどの決心をして‥なのだろうが。
 
 

散歩から戻り、ホテルで荷物をピックアップして、少し早めにターミナルに向かう。時間通りにバスが来ると、別れ間際、Ahonouk に「素敵な場所に連れて行ってくれてありがとう。仕事が見つかるといいね。Bonne chance !」と云うと、「楽しんでもらえてよかったよ。 ここまで来てくれてありがとう。Bon voyage !」と答え、互いに手を振って笑顔で別れた。
 
 

だんだんと暗くなり始める夕刻、バスはヘッドライトで照らしながら細く険しい山道を縫うように進む。次に目指すのは、山の中にある Chef Chaouen_シェフ シャウエンだ。