ゆるむるぅむ *monde

 

+ chaouen bleu +

 
夕刻、日が沈み、辺りがぼんやりと青暗くなって、白やだいだい色の街灯がポツポツと灯る頃、Chef Chaouen_シェフ シャウエン に到着した。
 

ターミナルでバスから降りると、けたたましいクラクションやタクシーがざわざわとうごめいていて、少しドキドキしたが、キュッと気を引き締め、すぐそばにいたプチタクシー1台と交渉してその場からすぐに離れた。旧市街のメディナまでは1kmほど。行きたい場所を告げておく。しばらくして、「ここからその先を行くとすぐですよ」と降された広場前の入り口からメディナに入り、お目当ての宿であるリアドを目指し、地図片手に歩き始めるものの、くねくねとした道だらけで、ちょっと自分がどちら向きに進んでいるのかわからない。
 

Chef Chaouen は、最初のモロッコ旅の Essaouira の宿で会ったカップルに、ぜひ行くべき場所として教えられたところだ。実際に足を運ぶと、理由はすぐにわかる。高い山脈に囲まれ、その山肌にある小さな町。秘境のような雰囲気があり、そして家や建物の漆喰の壁は、そこかしこがブルーに染められているのだ。歩いていると、滲んだブルーの中で泳いでいるような、心の中にまでそのブルーが浸透してくるような気分になる。
 

日はとっくに沈んだものの、まだそれほど遅い時間ではなかった。人気の少ない道端で小さなこどもたちが遊んでいたので、地図を見せながらリアドの名を云ってみると、男の子ひとりがパッとこちらを見上げ、タタタターと小走りで走り出し、振り返って止まる。ついていって距離が縮まると、彼はまたタタタターと少し走っていって、その先の曲がり角で待っていた。追いついくとその路地の先は行き止まりだった。「ここ?」と手前にある入り口を指差すと、真顔でうなずく。お礼を云うと彼はすぐにまたタタタタターと今来た道を表情変えずに戻っていった。
 

ひんやりとしたそのリアドの中に入ると、タイルと絨毯の敷き詰められた薄暗い中庭の奥の間からゆっくりと人が出てきて、その中庭を囲むようにして並んでいる小さな部屋のうちのひとつに案内された。白い漆喰の壁。楼台がひとつ、ベッド脇の台にちょこんと置かれていた。天井は高いがまるで洞窟のようだ。窓はないが、明かり取りか通気口か、ちいさな穴がひとつ天井近くに開けられていた。
 

荷を下ろしてから、さっそく夕食のために出かける。広場方面へと歩いてゆくと、さっき案内してくれた男の子がまだいた。そこが彼の家なのだろう、家族らしき大人と共にいた彼にもう一度お礼をいいながら通り過ぎると、ちょっと照れくさそうな顔をして、はにかんでいた。
 

少し歩いて見つけたレストランに入ってみる。小さく細長い店内で、一人前のタジンと、トマトやきゅうりなどのフレッシュな野菜が細かくサイの目に切ってあるモロカンサラダと、ミネラルウォーター、食後にコーヒーを取った。まぁまぁ無難に美味しかった。テーブルで会計を済ませてから、あとでメモしたかったので「レシートもらえる?」と若いウェイターに云ってみると、「すこしお待ちいただけますか?」と応じてくれたものの、そこまで忙しくはなさそうなのに、やけに待たされた。
 

しばらくたってようやく戻ってきた笑顔の彼から渡されたのは、ただの紙ナプキンにボールペンで書かれただけのものだった。その一枚になぜそんなにも時間がかかったのかは謎だが、なにも云わずにこちらも笑顔で受け取り、宿へと戻った。あとでそっと広げてみると、中には書き損じの跡があり、それを隠すかように絶妙な位置で折りたたまれていたのを見つけ、きっと彼なりに一所懸命に書いてくれたのだろう‥と思うと、微笑ましかった。
 

宿も程よく気に入ったし、翌日から、しばらくここでのんびりと過ごすことにした。所どころ淡かったり濃かったりする独特のシャウエンブルーに魅了されながら、町歩きをしたり、ドアや泉、電灯につけられた鉄細工の装飾に見とれたり、川のほとりで絨毯や衣類を洗濯している人たちを眺めたり、ガイドと 1600m の山にトレッキングに行ったり、そこで羊飼いと羊の群れの一団に遭遇したり‥。
 

歩いていると、ススーと横に並ぶようにして人が来て声をかけてくる中、そのまま歩いて一緒におしゃべりしたり、何度かお茶したりもしたが、実のところは、広場の見渡せる二階のテラス席で、清々しい山の空気と葦簀のシェードからこぼれ漏れてくる眩しさの中で、鳥のさえずりを聞きながらひとりで書き物をしたり、静かにミントティーをすすった穏やかな時間の方が記憶が鮮明だったりする。
 

それから、とある橋の上でぼーと佇んでいた時に「何かお手伝いできることはありませんか?」と声をかけてくれた女の子 Alida 。彼女は最初、母親と連れ立っていたのだが、すこしためらいつつも、母親に勧められるような感じでこちらへとひとり近づいて来たのだ。ちょうど「おなかすいたなぁ‥お昼はどうしようかなぁ‥」と思っていたところだったので、「安くて美味しい食事のできるお店を教えてください」と云ってみると、「いいですよ!」と生き生きとした様子で、入り組んだ路地をためらうことなくするすると進んでいった。言葉少なめで、そして幼く見えたのだが、年を尋ねると25だというのでびっくりしていたら、もう店の前に着いていた。
 

「ぜひ一緒に食事しませんか? お礼にごちそうします! なんならお茶だけでも‥」 せかっくだし、いろいろ話してみたいのでそう誘ってみたが、笑顔で頑なに遠慮したまま、手を振って行ってしまった。実は、ずっとずーっと後で知ったことなのだが、どうやらイスラムの教えの中には、「旅人には親切にせよ」的なものがあるらしく、もしかしたら、それで彼女はわざわざ声をかけに来てくれたのかな?‥と今になって思うシーンのひとつ‥なのだが、まぁそれはさておき、数段のステップを上がり、その店のドアを開けてみると、全体がクリーム色っぽくてなんの飾り気もない質素な店内だったが、ちゃんとそこでとてもおいしいサラダとスープを食べることができたし、その究極の素朴さにほっこりしたことはよく覚えている。
 

ほんわかした気持ちで、その後もあてもなく歩いていると、メディナの端っこのほうでたまたま絨毯屋を見つけたので、入ってみる。店主から丁寧な説明を受けてから、たくさんある中から好きな色柄、大きさのものを選んだあと、値段交渉もしっかりして、ウールラグを二枚購入した。親切な店主は、長い旅路でも持ち運びやすいようにと、少し畳んだあとでくるくるぎゅーっと巻きあげて、まるで寝袋かのように超コンパクトに完璧な梱包をしてくれたのもうれしかった。
 
 

さて、この時の滞在中は、気持ちにも時間にもゆとりがあったので、思い立って、興味のあったハマムにも挑戦してみることにした。それも宿のほど近くに一軒あるのを偶然見つけたからだが、どうも男女入れ替え制のようなので、入れる時間をチェックしておいてから、それに合わせて向かってみる。
 

中に入ると、ほかに5, 6名ほどの女性が来ていたので、彼女らを真似して、同じように脱衣所で服を脱ぎ、入ってゆく。地元民の使うハマム。深いグリーンだったか、えんじ色だったかな‥? 全体的にタイル張りである他は、とくに素晴らしい装飾があるというわけでもなく、いってみればまぁ地味なハマムだったが、それも良しとしよう。中はもわーっと湿気ていて、ほかほかと温かだった。
 

そして、なんとなーく皆さんに着いて行って奥まで進み、横に並んで、自分の場所を確保‥、で、それから‥? お湯はどこから出るのかな? と壁に向かってみるも、よくわからない。すると皆さん、自分の場所を取ってから、次に真ん中の方に集まっていって、桶を置く。ボソボソと喋っているものの、特にアクションはなくそこにある小さなコーナーを囲んでしばらく待っている。すると、急にドドドー‥とその一箇所だけある蛇口からお湯が出始め、番長風のおっきいおばちゃん(この方もお客さん)が一つ一つの桶にお湯を入れて、ひとりずつ順番に手渡している。
 

お湯はそこか‥。しかし、さっきから「何かよそ者がいるな‥」的な視線を否応なく感じていた上、言葉もわからず、なんと云えばいいのかわからないので、そばに行って、皆が終われば空くかも‥と待ってみることに‥。が、まったく空かないままに、すぐにお湯汲み2周目が始まってしまう。ありゃ〜どうしよう‥。
 
 

「あの〜(おそるおそる‥)」

おっきいおばちゃんがキっ!とこちらを向いて、「あんたもほしいの?(意訳)」と怒ったように云う。

うんうん‥と小さくうなずくと、おばちゃんはパッとこちらの手から桶を取ると、すぐにお湯を入れて渡してくれた。
 

「シュクラン(ありがとう)マダム‥」(こ、こわいー)
 

自分の場所に戻って、他の人のようにからだをこすって洗う‥。が、すぐにまたかけるお湯が欲しくなるので、再びおっきいおばちゃんのところに行かなくてはならない‥。
 

するとおばちゃん、今度はアゴで「ここに置いときな(桶)」とジェスチャーを混ぜ、そしてブツブツと何か云っているのだが、まったく解らない。たぶん「みんな順番に待ってんのよ‥ あんただけ特別ってわけにはいかないからね‥ そもそもよそ者がなんでここに来てんのよ」(意訳)‥。そして、その肝心のお湯の出も、ゴボゴボゴボ‥と途切れてしまったり、と思いきやいきなりドー‥と出たりと、なぜか不規則‥。でもみんなは動じることなくベラベラと喋りながら体や髪を洗ったりしている。
 

気を使って待つのもめんどくさいので、ささささーとだいたいを洗い終えてしまうと、その空間の中央にドドーンと備えられている、同じタイル張りのテーブルのような台へ行き、先にいた別の人をまた真似て、ちょっと寝っ転がってみたり、脇に腰掛けて座ってみたり‥。はい、ほんのり温かくていいですね‥。けど、うん、まぁこんなものかな? 宿には普通にシャワーがあるし、見学としてはこれで OK!ということにして、そそくさと終了‥。服を着て外に出る。
 
 

初ハマム‥。さっぱりしたような、しないような‥。でも身体はちゃんとほんわかと温まっていた。おかげで夕暮れのそよ風がとても気持ち良く感じられた。そう、まぁ一応は湯上り‥。